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英雄の娘:現在休止中  作者: かおもじ


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戸惑いは夕暮れの中に

 解体所から出た後にレニィに案内されたのは、午前中に訪れたのと同じ部屋の前であった。どうやらここがカッツェに割り当てられた執務室のようだ。


 扉の前に立ったレニィがノックと同時に「ルナ様をお連れしました」と部屋の中の人物に声を掛ける。すると一拍の間を置いた後、「どうぞ」との返答が聞こえ、レニィは扉を開く。


 レニィに先導される形で中に入ると、立ったままこちらを出迎えていたカッツェと視線が交わる。その瞳には問題が解決したことに対する安堵の色が浮かんでおり、まずは着席をと促される。


 特段、拒否する理由も無いため、ルナが革張りの高級そうなソファーにその腰を沈めると、静かにレニィが部屋から退室していった。



「まずは無事の帰還を喜ばせて頂きます。そして依頼の達成、本当にありがとうございました。これで街道の封鎖も解除することができます」



 ルナがソファーに座ると同時にカッツェは腰を折り、こちらに頭を下げながらそう告げてきた。



「いえ、頭を上げてください。私はただ、冒険者として依頼をこなしただけですから。ただ、現場に到着した時に街道を封鎖しているはずのギルドの職員が見当たらなかったのですが……無事だったんでしょうか?」



「ええ、ご案じ頂きありがとうございます。報告によれば、想定以上の大暴れで危険性が高いと判断し、一時的に避難していたようです。あとは、封鎖範囲を広めるための措置でもあったようですね。ルナ様が迅速に事態を収拾してくださったおかげで被害を出さずにすみました。……改めて、感謝を」



 元はと言えば、自分が番の片割れを倒したことが騒動の発端ではあるが……それを口にするメリットはない。


 カッツェもまた、顔を上げると全てを見透かしたような、それでいてこちらには感情を読み取らせない笑みを浮かべた。


 あえて深追いせず、こちらのメンツを立てるような物言いに、ルナはその配慮を無言で受け入れ、小さく頷くことで返した。



「さて、それではまずは報酬のお話を……」



 話題が報酬のことに移りかけた所で、ルナがその流れを遮る。



「あ、それはまた今度でいいですか? 解体した大山羊カプラ・モルティスの素材も買い取って貰いたいし、全部纏めての方が受け取りに来る手間も掛からないので。それよりも、先に話したいことがあるんですけど……」



 ルビーを売ったお金がまだ残っているし、登録に関しても別に急いではいない。それよりも今はマリーのことを話してしまいたい。



「そうですか……分かりました。では報酬諸々のお話は日を改めて、ということに致しましょう。──それで、何か問題が起きたとのことでしたが……一体、どのような?」



「えっと、じゃあ順を追って……まず午前中に依頼を受けて、昼にはドミネス高原で大山羊カプラ・モルティスの討伐を終えました。それで、討伐をした場所というのが深王樹の近くだったので、折角だから一目見てから帰ろうと思ったんですけど……その途中で、怪しい亜人の集団に遭遇したんです」



「亜人の集団……ですか。この辺りで亜人が集団で行動しているというのは確かに珍しいかもしれませんが……その集団が何か?」



 本来なら依頼の報告もせずに何をと言われても仕方ない行動ではあるが、その部分に関してカッツェからの追及はない。それよりも、亜人の集団という予想だにしない言葉が飛び出し、思わず困惑の表情を浮かべるカッツェ。



「ええ、最初に見かけた亜人が何かを必死に探している様子で、それが気になって追いかけてみたんです。そしたら、その先にこの子が居て……マリー、姿を見せて」



 ルナが促すと、ソファー横の一見何もない空間が揺らぎ始め、そこからマリーが徐々にその姿を現す。突如現れた少女に一瞬、訝しげな顔を浮かべたカッツェであったが、マリーの顔を見たことでハッと息を吞む。



「尖った耳に金の髪……まさか。……エルフ、ですか?」



 常に落ち着き払った様子を崩さないという印象のカッツェだが、今はその表情にハッキリと驚愕の色を映し出しており、信じられないといった様子で質問をぶつけてくる。



「恐らく……としか。エルフとエルフィンは祖を同じとするため、その姿はとてもよく似ている。ただ、世界樹から自ら離れたエルフィンはその加護を失い、その影響からか必ず銀髪で生まれ、対してエルフは必ず金髪で生まれる。……というのを書物で見たことがあります。この子の特徴考えると、エルフである可能性は極めて高いかと」



 そう訳知り顔で話すルナであるが、今話した内容は『アビスゲートオンライン』の公式設定集に書かれていたことをそのまま口にしただけだ。



「そう……ですね、エルフィンが必ず銀髪で生まれるのは世界樹の加護を失ったからだとも、あるいは世界樹の呪いではないかという言い伝えは、私も聞いたことがあります。──ああ、立たせたままで申し訳ない。どうぞお嬢さんもお座りください。ひとまず、彼女がエルフだと仮定して、先程の話の続きを教えて頂いても宜しいですか?」



 かなりの衝撃を受けた様子のカッツェであったが、マリーを気遣うその様子から、傍目には既に落ち着いたように見える。

 その辺りは年の功だろうか、はたまた副ギルドマスターという立場から来る経験からか……。ともあれ、望まれている以上、話を続けるべきだろう。



「亜人はどうやら、この子……マリーを探しているようでした。そして捕まえたマリーをどこかに連れて行こうとしていたため、私が救助した……という流れです。亜人共がなぜマリーを連れて行こうとしたのかまでは分かりませんでしたが」



 亜人共は本国に送るつもりだと言っていたが、今はとりあえず話を進めたいので割愛する事にした。



「なるほど……どういう経緯かは分かりませんが、亜人共はマリー嬢を探し、連れ去ろうとしていたと。何やら嫌な予感がしますが、情報が少なすぎて何ともという所ですね。──しかし、なぜエルフが……しかも幼い子供が一体どうやってこの大陸に……?」



 どうやらカッツェとしては、目的の見えない亜人共の行動よりも、エルフがこの大陸に渡って来た目的や手段の方が気になるようだ。



「それなんですけど……。マリーは自分の名前以外、何も覚えていなくて。なので、なぜ自分がここに居るのか、どうやって来たのかも分からないみたいです」



「記憶喪失ですか……。それは、また……」



 期待していたのと全く違う答えに、何とも言えない表情で言葉に詰まるカッツェ。マリーへの配慮もあってか、何と言うべきか言葉に迷っているようだ。

 とはいえ、こちらとしてもミアとの約束の時間が迫っている。悠長に次の言葉を待つ余裕は無く、本題に入らせて貰う。



「それでお話したかったのは、マリーに関してというか……今後のことなんです」



 その一言だけで得心がいった様子のカッツェ。



「なるほど……お伽噺にしか出てこないエルフの子供ですからね。ルナ様が苦慮するのも無理からぬ話です」



「あそこで出会ったのも何かの縁ですし、今日は家まで連れて帰ろうと思うんです。ただ、その後はどうしたら良いのか分からなくて……。家族が居るのであれば探してあげたい所ではあるんですけど、マリーには記憶が無いので……」



「そう、ですね……記憶が無い以上、何の手掛かりも無く、そもそも居るかどうかも分からない家族を探すというのは雲を掴むような話です。よしんばマリー嬢にご家族が居たとして、それがこの大陸に居るとも限らない……。しかも、人探しのためにエルフの存在を公にすれば、誰に狙われるとも分からない。……なるほど、これは難儀な問題ですね」



 察しの良いカッツェが、今抱えている問題を言語化して並べてくれたのだが……改めて言葉にされたことでその困難さが浮き彫りとなり、ルナは何とも言えず押し黙る。



「正直、ギルドとしてもどうするのが一番良いのか判断に悩む所です。何せエルフ、神話に出てくるような存在ですから軽々なことは言えません……。とはいえ、副ギルドマスターという立場上、何の方向性も示さないという訳にもいかないでしょう。ですから、これはあくまで選択肢として捉えて頂きたいのですが……」



 そう前置きをするカッツェの言葉に、ルナは首肯で答える。



「まず、選択肢の一つとしては、冒険者ギルドが運営する施設でお預かりするというものです。冒険者ギルドが運営している施設ですから、何かあっても直ぐに対応できますし、ある程度の自由も利かせることができます。勿論、並行してご家族を探すことも可能ですが……その場合はマリー嬢の存在が露見する可能性が高いということも、ご理解願いたいと思います」



「なるほど……」



 マリーの存在を公にするのは気が進まないが、それでもギルドが身を守ってくれた上で家族探しも行ってくれるというのは、悪くない提案に思える。



「次に、マリー嬢のことを国に報告し、その身柄の安全を確保して貰うというものです。外界の探索に注力しているこの時期ですし、エルフという存在が外界との国交において大きな意味合いを持つ可能性があると考えれば……。或いは、国賓のように扱って貰えるかもしれません。さらに身の安全という意味では、冒険者ギルドよりも安全性は高いと言えますが……。恐らく、マリー嬢の自由というものは失われるでしょう」



 マリーの身の安全という点だけで言えば、確かに国に保護して貰うのが確実ではあるだろう。ただ、マリーに大きな不便を強いる可能性もあり、余り気乗りのしない選択ではある。

 さてどうしたものかと思案していると、隣に居るマリーがギュッと服の裾を握っていることに気が付いた。マリーも自身の今後が不安なのかと思い声を掛けようとするが、そこに割って入る形でカッツェが声を掛けてくる。



「そして、私の思いつく最後の選択肢なのですが……」



 最後……。前の二つ以外にも、まだ何か選択肢が有るのだろうか? そう思いつつ、カッツェの提示する最後の案に意識を傾けるルナ。



「それは、ルナ様がマリー嬢の保護者になる……という方法です」



「私が……マリーの保護者……?」



 提示された最後の選択肢。


 カッツェから聞かされた内容は全く予想だにしなかったものであり、その唐突な提案をルナは、上辺をなぞるよう口にすることしか出来なかった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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