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英雄の娘:現在休止中  作者: かおもじ


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その微笑みは

 一太刀で相手の首を斬り落としたルナだったが、その心境は自分でも驚くほど冷静だった。


 ――否、冷静すぎる。



「覚悟を決めて剣を振るったのは間違いない。でも……」



 先程、大山羊《カプラ・モルティス》の命を刈り取った時には感じた感情の波、それが今回は全く存在しなかった。


 そこに感じた違和感の正体。それは今朝も感じた、肉体が精神に影響を及ぼしているかのような何とも言えない奇妙な感覚。


『アビスゲートオンライン』の世界において誰よりも敵を打ち滅ぼして来たこのルナという肉体に、精神が引っ張られた結果なのか……或いは敵を殺す事を決意した自分の精神と肉体の記憶が同調した結果なのか判別は付かないが……



「首を斬り落としても何も感じないってのは、ゾッとしない話だけども……今は感慨に浸ってる場合じゃないね」



 戦場で冷静に戦えるというのは、私にとってメリット以外の何物でもない。であれば、今はメリットにだけ目を向けるのが肝要だと思考を切り替え、亜人の集団にその剣の切っ先を向ける。


 すると、ルナの独り言に呼応するように亜人の中で一番の巨体を誇る豚頭が、ハルバードのような武器を構えたまま前に出てくる。



「ブオォォオ、貴様を隊長殺すタ! だガら貴様殺シた俺を隊長ダッ!」



 どうやら敵討ちのために向かって来たのではなく、自身の昇進のためらしい。先程斬った狒々頭の人望の厚さが良く分かり思わず涙が出そうになるが……相手から向かって来てくれるのは好都合だ。



「そもそも……そちらに付き合う道理は無いんだよね」



 そう話すや否や、ルナは脳内で思い浮かべていた魔法のイメージを具現化させ、魔力の奔流をその身に纏い始める。それに気が付いた副官である鳥頭の亜人が、「マズイ、魔法だ! 一斉に掛かれっ!」と指示を出すが、最早遅きに失している。


 解き放たれた魔力は亜人の頭上に雷雲を作り、無数の雷が容赦なく雨のように降り注ぐ。



『サンダークラウド!』



 雷鳴が地面を打ちつける音と、亜人の耳障りな悲鳴が入り乱れる阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出す。一番大柄な豚頭の亜人はそれでも暫く耐えていたが、4発、5発と雷が直撃した辺りで事切れたのか、遂に地に伏すこととなった。



「隊長が馬鹿みたいに前に出てきてくれたおかげで助かったよ」



 敵わぬと判断し散開して逃げられるのが一番厄介だったのだが、指示役を一番最初に潰せたのは思いがけぬ幸運だった。


 そうして昼下がりの高原に突如現れた稲光がその煌めきを消した頃、雷雲の下にいた亜人共は見るも無残に焼け焦げており、死屍累々と言わんばかりにその屍を晒していた。



「見た目が派手な割には威力はそこまでの魔法じゃないんだけど……一撃で終わったのはレベル差のおかげだね」



『アビスゲートオンライン』では敵を近くで凝視すると相手のレベルを判別する事が出来るのだが、それはこの世界でも変わり無いようだった。



「どっちかって言うと、これはシステム寄りの機能の気がするけど……その辺の判定は相変わらずさじ加減が分かんないや」



 ともあれ、使えるものは有効に使うべきだというのが私の考えである。戦闘前から亜人の強さは全て把握しており、そのレベルは概ね20前後が多く、隊長格でも30程だった。


 これだけのレベル差があると正に鎧袖一触といった様相であり、ご覧のようにほぼ一撃で片が付く。それ故相手が集団でも最初から余裕があったのだ。



「あっ!……掃討するには好判断だったけど、目的を知るって意味では失敗だったかな?」



 ふと、転がる狒々頭の死体に視線を落としてそう自問する。だが、それも一瞬のこと。



「……まぁ、良いか」



 先程の会話を思い返す限り、あの隊長もエルフがなぜここに居るのかという根本的な理由は知らないようだった。それに、亜人の目的なんて今の私にはあまり関係の無い話だ。



「後始末は……纏めて燃やしちゃおう」



 亜人の持っていた武器の幾つかは使えそうな物もあったが……特段値打ち物は無さそうだ。防具に関しては所々焼け焦げているし、そもそも新調したばかりの自分には必要が無い。結果、猪頭の死体から剣の鞘を抜き取るだけに留める。



「間に合わせだけど、剣の1本くらい有った方が良いよね。───後は、念の為に……」



 そう言いながら、少し離れた所に転がっていた狒々頭の首だけをマジックバッグに収納する。


 ギルドでエルフの少女との経緯を聞かれた時に、証拠の一つにでもなるかと思い持って帰る事にした。



「それじゃあ……」



 最後の仕上げと言わんばかりに、ルナは再度その体に魔力を漲らせ、その満ちた魔力を言の葉に乗せる。



『火葬炎舞』



 そう言葉を発すると同時に、亜人の亡骸を囲むように赤色の魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間魔法陣の内側を灼熱の炎が埋め尽くす。


 それはまるで火の精が激しくも厳かに葬送の舞を踊るかのようであり、時間を掛けながら陣の内側を焼き尽くしていく。


 そうして数分の時が流れ、魔法陣が搔き消えた後には、焼け焦げた地面以外何一つ残っていなかった。



 △▼△▼△▼△▼△▼△▼



「さて……と、後はこの子だけど」



 全て終わったのを確認し振り返ると、エルフの少女は今だにその瞳を閉じながらしっかりと耳を塞いでいる。



「記憶が無いのに言われた事をちゃんと守ってるのは……育ちの良さより性格の素直さかな?」



 先程の狒々頭との会話が本当ならば、このエルフの少女は記憶を失っている可能性が高い。そんな状態でも言われた通りに行動出来るのは、余程心根が素直なのだろう。


 そう感心しつつ少女にそっと手を伸ばし、「もう大丈夫だよ」と声を掛けながらその肩にぽんぽんと合図を送る。するとエルフの少女は固くなった瞼を解すようにゆっくりとその瞳を開く。


 前から合図を送ったことで思い掛けず正面から見つめ合うような形になり、覗き込むようにジッとコチラを見つめる少女に思わず言葉に窮するルナ。



「え~……っと」



「助けてくれて、ありがとう、お日様みたいなお姉さん。……お姉さんのお名前は?」



 見つめられたまま何から話そうかと逡巡していると、逆にエルフの少女からそう話し掛けられてしまった。そんな締まりの無い自分の姿に思わず吹き出してしまう。



「あぁ……そうだよね。最初は挨拶からだよね」



 そう言ってルナはクスリと笑う。お日様の意味は分からなかったが、はじめましての時は挨拶から入るのが道理である。どうやら自分よりこの少女の方が余程しっかりしているらしい。



「さっきはお返事出来なくてゴメンね。私の名前はルナ。貴女のお名前も聞かせて貰えるかな?」



 そう笑いながら問い掛けると、エルフの少女は小首を傾げ少し考え込みながら小さく呟く。



「私の……名前……名前は……マリー? ───そう、さっきビリっとした時、誰かが私の事をマリーって呼んでいた気がする。……うん、間違い無い、私の名前はマリー……!」



 その言葉により、先刻、少女を抱えた時に脳裏に走った謎の衝撃と記憶を思い出す。先程の様子からそうではないかと感じていたが、やはり少女もルナに触れた時に何かを感じていたらしい。


 あの接触が何だったのかは定かではないが、ともあれ少女は失われた自らの名前を取り戻すことに成功したようだ。そうして自ら名前を口にしたことで実感が伴ったのか、微笑みながらルナに力強く宣言する。



「私の名前はマリー。ルナお姉さん、宜しくね?」



 そうして初めて話し掛けられた時と同様に、何故か言葉の最後に疑問符を付けるようにしながら、自らの存在をアピールするのだった。


この度は私の作品をお読み頂き誠に有難う御座います。

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