そして全ては此処から
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『八神葉月』にとって『大切』はとても恐ろしいものだ。
『大切』はある日突然に失われ、何も出来ないまま零れ落ち、悲しみだけを残していくものだと気付いたから。
だから『大切』を失う事に耐えられ無くて、辛い事から逃げて、悲しい事から目を逸らして、自分の中に閉じこもった。そこに『大切』は無いから、傷付く事は無い筈だと。
でも逃げ場所でしかなかったはずの世界がいつしか自分の『大切』になっていて…また『大切』を失いたくなくて、それに縋りついて、やり続ける事に拘って。
そうしていればいつまでも自分の『大切』を守れる気がして。
本当はそんな事を続けても、何にもならないって分かっていたのに。
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「私が…マリーの保護者に…?」
カッツェの発した言葉の意味を上手く咀嚼出来ず、上辺だけをなぞる様に繰り返したルナ。
戸惑いに次の言葉が出てこなかっただけのルナであったが、考え込む様なその姿を思案しているのだと捕らえたのかカッツェは次々に言葉を放つ。
「はい、個人で引き取るという形であれば、マリー嬢の存在は私を含めたごく一部の者だけで秘匿出来ます。勿論そうなるとギルド全体としての支援は不可能ですが…微力ながら私個人としての支援位は出来ればと思っております」
確かに現状では私とカッツェしかマリーの存在を認識しておらず、二人の間で秘密を留めておければマリーの安全確保という意味では一番確実だろう。何せ誰も知らないのだから狙われることも無い。それにギルド全体の協力を得られずとも、カッツェの協力を取り付けられるのは大きい。何せギルドにおけるヒエラルキーのほぼ最上位、副ギルドマスターという立場なのだから。とはいえ…
「ええと、マリーの事を大っぴらにしないでおけるのは有り難いですし、カッツェさんのお心遣いは凄くありがたいんですけど…」
その選択肢には根本的な問題が有る。その事についてルナが言葉を発っする前にカッツェは矢継ぎ早にその仕組みについての話を始めてしまった。
「ああ、条件面で言えば保護者になる事は難しい話ではありません。15年前のあの日、記憶喪失になった使徒の皆様の中に15歳に達していないと思われる方も多くおりまして…幾ら使徒の皆様であろうと幼い子供には保護者が必要であろうと考えた冒険者ギルドと各国が法を整備し、かなり緩めの条件で保護者登録が出来るようにしたのです。更にこの国では15歳で成人の扱いですから、ルナ様がマリー嬢の保護者になる事は法律上問題ありません」
言い淀んだ私の反応を見て、条件面を気にしていると思ったのか大まかな内容を説明するカッツェ。
「保護者って随分簡単になれるんですね…って、あの、条件もそうなんですけど、そうじゃなくて…」
そう言いかけたルナの言葉を再び遮り、カッツェが手を上げる形で制止する。皆まで言わずともと言わんばかりのその態度の後、カッツェは更に言葉を続ける。
「───今日会ったばかりの子供を…それも特別な子供を安易に引き取れなどと言うつもりは勿論御座いません。年若いルナ様であれば尚更ご負担も大きいでしょう…ですので最初に申し上げた通り、これはあくまで選択肢の一つ、という話です」
「あぁ、いや、そうですよね、私なんかに何が出来るという訳でも無いですし…やっぱりギルドの方で預かって頂くのがマリーの為ですよね」
そうだ、そもそも普通に考えて私なんかにエルフの子供を任せるはずが無い。一応話だけはしておいた…そんな所だろう。
とすれば先程の話を聞くに、ギルドにお願いするのが良い落とし所な気がするが…そう結論を出し掛けたルナの不意を打つように、カッツェから「ですが…」と呟く声が聞こえる。
まだ何かあるのだろうか…そう思い耳を傾けるが、カッツェはじっとマリーの顔を見つめたまま何も言い出す様子が無い。私も釣られてマリーの顔に視線を送ると、そこには必死に何かを堪えている様なマリーの顔があった。
その顔を見た事で、自分が何か…そう何か致命的な過ちをしているのでは無いかという考えが頭を過る。
「ギルドの方で預からせて頂く事は問題有りません。ただ…マリー嬢の気持ちは、どうなのでしょう?」
そのどちらに問い掛けているのか判別の付かないカッツェの一言によって、マリーの表情の理由に漸く気が付いた。
「マリーの、気持ち…」
そうだ…他の誰でもないマリーの問題なのだから、どうするにしろ先ずはマリーに話をするべきだったのではないだろうか。
子供だからと、記憶が無いからと、そんな理由で私が全て決めてしまおう等となんと烏滸がましい。
…そもそもマリーを助けたのは誰に頼まれた訳でも無く、無く自分の意思だ。
それなのに、街まで連れて来さえすれば何とかなる、ギルドに後は任せてしまえば良い、自分がどうにかする必要は無いなんて…なんと無責任な考えだろうか。
そんな無責任で考え無しに動いた結果がこのザマである。自分本位に話を進め、マリーに辛い思いをさせ、こんな顔をさせてしまっている。
「そう…だよね、マリーの事なんだから、マリーがどうしたいのかを一番最初に聞かないと行けなかったよね。───ごめん…。ねぇ、マリーはどうしたい?」
そう言ってマリーの方に向き直るルナ。そんなルナに対しここまで押し黙っていたマリーがポツリポツリと言葉を発し始める。
「私ね…本当はとっても不安だったんだ。気が付いたら知らない場所に居て、自分の事も何にも覚えてなくて…お腹も空いて、いきなり知らない人達に連れてかれて…」
出逢った時は落ち着いている様に見えたマリーだが、本当はその小さな胸の内に不安を押し殺していただけだったのだ。
「でもね、ルナが助けてくれた時は凄く嬉しくて…お日様みたいなルナの傍にいるとポカポカした気持ちになって、一緒に居られたら良いなって。…でも、私が居るときっとルナは迷惑だろうから黙って言う通りにしようって思ってたの───だけど、だけどね…やっぱり私ルナと一緒が良い、ルナと一緒に居たい…!」
或いはそれは、自身を危機から救ってくれた相手に対する刷り込みのようなものなのかも知れない。
それでも、先程から掴んでいる私の服の裾を更に強く強く、その雪の様に白い指先が更に白くなる程に握り締めながらそう言い放つマリー。うっすらと光るものが浮かぶ宝石の様な瞳には、しかし確かな意思が宿っていた。
そんなマリーの手を両手で包み込むように優しく握るルナ。そして一拍の間をおいてカッツェの方に向き直ると…
「───私がマリーの保護者になります」
そう告げていた。
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『八神葉月』にとっての『大切』はとても恐ろしいものだ。
見ない様に、触れない様に、聞こえない様にしているのに気付けば生まれてしまうから。
さりとて一度手にした『大切』を手放す事は出来なかった。
失くした時のその耐え難い苦痛を知っているから。
だから必死に、無様に、取り憑かれた様に縋り付いた。
まるで『大切』に呪われているかの様に。
『ルナ』にとっての『大切』とは何だろうか。
とても良く知る世界で、だけど知らない世界で。
とても良く知る『自分』で、だけど知らない『自分』で。
きっと『自分』すら不明瞭で、不確かな今の『自分』に答えは無いのだろう。
だけど、『どれ』が『大切』かは分かる気がする。
それはきっと、『自分』を迎え入れてくれた『銀』
今この手の中で、傍に居たいと願ってくれる『金』
良いのだろうか。
『大切』を『大切』にしても良いのだろうか。
分からない。
だけど。
自分が『大切』だと思うものではなく、自分を『大切』だと思ってくれる存在が居るのならば…応えたいと、そう思った。
そう、思ったのだ。
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「私がマリーの保護者になります」
驚いた表情で顔を上げたマリーと、何故か満足げに頷くカッツェ。
「…分かりました。マリー嬢がそれを望み、ルナ様がそうお決めになられたのであれば私も出来る限りの事はさせて頂きたいと思います。
───手続きに関してですが、15年前の事もあり身寄りの無い方でも冒険者登録をすればそれがそのまま戸籍となります。マリー嬢に冒険者登録をして頂いて、ルナ様を保護者として登録して頂ければ…おや、そういえばルナ様の冒険者登録自体がまだでしたね」
これはうっかりと笑いながら話しをするカッツェ。恐らく張り詰めていた場の空気を和ませようというカッツェなりの配慮だろう。
「ともあれ、それも含めてまた明日という所でしょうかね。今回の依頼を踏まえたルナ様の特例登録の申請も行わなければなりませんし、ナイトメアシープの解体も残っているので。───あぁそうだ、少々お待ちいただけますか?」
そう言いながらカッツェが立ち上がり、返事も聞かぬまま部屋を出ていく。何だろうかとマリーと2人首をかしげていると、そう時間を置かずに部屋の扉が開く。するとカッツェの手には上着の様な物が握られていた。
「これは持ち主不明のままコチラで預からせて頂いている物の一つなのですが、マリー嬢の髪を隠すのに丁度良いかと思いまして。保管期限を過ぎた物ですし、特別な効果があるという訳でもないのでそのまま持ち帰って頂いて構いませんよ」
そう言って手にした物を手渡してくるカッツェだが、それはどうやらフード付きの上着の様だった。しかもサイズも子供用で見た目も綺麗である。特に傷んでいる様子もなく、本当に預かり物なのかは不明だが…今はカッツェの好意に甘える事にした。
「じゃあありがたく…良かったねマリー、これで隠れないでも外を歩けるよ」
そう言いながらマリーに上着を着せてあげると「本当?ルナと一緒に歩ける?」と嬉しそうにしながらフードを脱いだり被ったりしていた。
「よくお似合いですよ。さて、それではお見送りを…」
「いえ、カッツェさんもまだお仕事が残ってるでしょうし、入り口までの道は覚えましたから大丈夫ですよ」
そうルナがカッツェに告げると、特に食い下がる事もなく分かりましたとの返事が返ってきた。そうして部屋から退室する間際、ルナは先程のやりとりでどうしても気になっていた事をカッツェに尋ねる。
「今更マリーを引き取るという意見を変えるつもりは無いですし、マリーの安全の事を考えると私としてはありがたいんですけど…本当にギルドとしてエルフの存在を秘匿しておいて良かったんですか?」
エルフの情報を持ち、更にはその身柄も確保するというのはこのギルドにとって重大な利益を挙げる事になると思うのだが…カッツェからはそういった意思が余り感じられなかった。
「そうですね、確かに副ギルドマスターとして正しい判断だったかといえば最良とは言えないかもしれません…ただ、私個人としては本人が望むようにしてあげられたらと思っていまして」
そう言ったカッツェの言葉が何処まで本心かはわからないが、その心の内を覗く術を持たないルナは「ありがとうございます」とだけ告げ、一礼の後に部屋を後にした。
部屋から出ていく二人を見送ると、カッツェは窓側に移動し外を眺めて始める。するとギルドの入口から帰路に着くであろうルナの後ろ姿が見える。その隣には寄り添うように歩くマリーの姿も一緒だ。
「それに、イレギュラーは二つ揃った状態でいてくれた方が、コチラとしても見守りやすいですからね…」
そうして誰に聞かせるでもなく一人呟いたその言葉の不穏な色に、しかして気が付くものは存在しないのであった…
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「ここがルナのお家…?」
冒険者ギルドから歩いて10分ほどの
「そうだよ、そして今日からはマリーのお家。さ、中に入ろっか」
マリーの手を引きながら扉を開けると、直ぐにキッチンからパタパタと足音が近づいてくるのが分かった。
「お帰りなさいませご主人様ぁ…あら?可愛らしい子ですねぇ、お客様ですかぁ?」
出迎えたミアが幼い来訪者に声を掛けると、マリーは無言で頭をペコリと下げる。
「この子の名前はマリー。えぇと、その、色々あって今日から家で引き取る事になったんだけど…相談も無しに勝手に決めてゴメンね…?」
今更ながらミアに何も相談せず引き取る事を決めてしまったと気が付き、バツが悪くルナ。しかしそんなルナの思いとは裏腹にミアは意に介していないといった様子で話しを続ける。
「あらあらまぁまぁ、そうなんですねぇ。こんなに可愛い子なら大歓迎ですよぉ。
───大丈夫ですよご主人様、そんな顔なさらなくても御主人様が決めた事なら私は否とは言いません」
いつもの間延びした喋り方が鳴りを潜め、真剣な表情でそう話すミア。
その姿はとても大人びて見え、まるで自分の心を見透かされているようで何も言えなくなってしまう。
「───さぁ、積もる話はご飯を食べながらにしましょうかぁ。おなかも空きましたしねぇ」
「マリーもお腹空いた」
場の空気を変えるように話すミア。それにマリーが同調した事で、ミアもいつもの柔和な笑みを取り戻していた。
「それじゃあ二人とも手を洗って来てくださいなぁ。マリーちゃんはお洋服が汚れちゃってるので手洗いが終わったら私と一緒にお着換えしましょうねぇ」
その言葉でマリーの白いワンピースの様な衣服に視線を向けると、確かに所々が泥やら何やらで汚れているのが見て取れる。食事の前に着替えた方が良さそうのはそうなのだが…10歳前後の女の子が着る服等この家にあっただろうか…?
いくらルナの背が高く無いとはいっても流石にマリーには大きいだろうし、かといってミアの服では大きい上に色んな箇所のサイズが合わない。まぁミアが着替えが有るというならばあるのだろう。
「じゃあまずは手を洗ってこようかマリー、着いて来てね」
「うん」
何はともあれ先ずは手洗いだと考え、マリーを連れて洗面所に向かい手を洗っていると大量の衣装を両手に抱えたミアが戻ってきた。いったい何処に仕舞ってあったのか…いや、そもそも何故そのサイズの服を持っていたのか───藪蛇になりそうだから突っ込むのはやめておこう。
洗面所と脱衣所は同じ場所であり3人が入るには少々手狭だ。マリーが着替えるのに邪魔になるだろうと外に出たルナが扉を締め切るその瞬間、大切な事を思い出しピタっと動きを止める。そうして中を覗き込むようにしながら、ミアに向けて話しかける。
「あ、そうだ…」
「どうしましたぁ、何か忘れ物ですかぁ?」
「あ~、まぁ、そんな感じかな?さっき言いそびれちゃっから…ミア、さっきはありがとう。それと…ただいま!」
一瞬キョトンとした顔をしたミアだが、直ぐにその言葉の意味を飲み込んだのか「おかえりなさい」の言葉と共に、満面の笑みをコチラに返すのだった。
ミアはイケメン、はっきりわかんだね。
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