09 魔女と魔法
「キャアアアー⁉」
わたしは驚きのあまり、叫びながら化け物を殴りつけていた。
何かパリンと割れるような感触がした! 怖い怖い、気持ち悪い!
フィンが「ご主人様、下がって!」と果敢に前に出たけれど、化け物はわたしに殴られ倒れたあとだった。何だ、意外と弱いじゃない。
「何でこいつがいるの⁉ 昨日王子様に斬られたんじゃなかったの?」
「それは倒しても一定時間経つとまた復活するんだ」
王子様が近づいてきて、恐ろしいことを教えてくれる。
「何ですかそれ! 本当に化け物じゃありませんか! し、縛っておかないと」
「ムダだ。見てみろ」
王子様に顎で示されたので倒れた化け物を見ると、その身体がスチュワードの制服ごと、砂のように崩れて消えてしまった。
ムダ、というのは縛ってもムダということ? 拘束しても別のところで復活してしまうの?
あまりの恐怖に、固く抱き合って震えるしかないわたしとフィンを横目に、王子様は慣れた様子でワゴンを室内に運び入れる。
「勝手に倒すな。手間が増えたじゃないか」
「どういう意味ですか。やっぱり、あの化け物と仲間なんですか⁉」
長い前髪の隙間からじろりと睨まれた気がして、またフィンと震え上がる。
「仲間なわけがあるか。あれはこの部屋の外にいるときに鉢合わせると襲ってくるが、この部屋にいる間は何もしてこない。専属スチュワードの制服を着ていただろう。朝昼晩と食事を運んでくるんだ。命令すれば飲み物やおかわりも持ってくる。お前たちの分も持ってこさせるつもりだったのに」
何だかわたしを責めているように聞こえるけど、あんなのが扉の外にいたら殴るに決まっているでしょう。いや、普通は殴らないのかもしれないけど、驚いて先に手が出ちゃったんだもの。仕方ないじゃない。
「そもそも、なぜスチュワードの真似事をしているのに、部屋の外では襲ってくるんですか? 敵なのか味方なのかわからないじゃないですか。あの化け物は一体何なんです?」
「あれは魔法人形だ」
王子の端的な答えに、わたしは驚きで限界まで目を見開いた。
「魔、法……?」
「この特等車の専属スチュワードの働きをすることと、この部屋の外にいる者を攻撃するよう設定されているらしい。あれに襲われると昏倒し、約半日目覚めることが出来ない。私が襲われたときは、目が覚めるとこの部屋に戻されていた」
「意識を失うだけ? 殺されたりはしないんですか?」
「私が生きているのが証拠だが……私以外の人間が襲われた場合はわからないな。お前が襲われたあと、すぐに私が倒してしまったから」
次に奴が復活したら試してみるかと聞かれたので、丁重にお断りした。
殺されるかどうかわざわざ確かめる馬鹿はいない。わかっていて聞いたのだろうから、この王子様は中々性格がお悪い。
可愛いフィンが王子を睨んで小鬼のような顔になってしまっているのでやめてほしい。
「つまり……あれが魔法で作られた人形だということは、こうなっている原因は魔女だということですか?」
魔女。魔法を使える人たちを、私たちはそう呼んでいる。
おとぎ話ではなく、この世界には魔法は確かに存在するらしい。らしい、というのはわたしたちのような普通の人間は、まず魔法を目にする機会がないからだ。
遥か昔、魔法を使える人々はたくさんいたらしい。けれどいつしか魔法は危険なものとされ、魔法を使える人々は粛清の対象となった。
粛清後、生き残ったのはたったの七人。
魔法は別名、魔女の呪い。この世にいる七人の魔女だけが、魔法を扱えるのだという。
時折、魔女の呪いによる事件とされるものが起きては世間を騒がせることがある。そういえば、新聞にも最近魔女によるものとされる事件の記事が取り上げられていた。
「そういうことだ。私は魔女に狙われている」
なぜ、と聞こうとして途中で口を閉じた。相手は他国の王子様だ。魔女に狙われている理由が国家機密に繋がるとも限らない。
わたしのような庶民(王族と比べれば間違いなく庶民)が知っても、間違いなく碌なことにはならないだろう。
「レオンハルト様が魔女にお命を狙われていることは理解しました。このわけのわからない状況が、魔女によるものだということも。でも――」
わたしはフィンをちらりと見た。フィンは意外にも平気そうな顔で軽く肩をすくめる。
「どうして、わたしたちは巻きこまれたのでしょう?」
クロイツ王国とは何の関わりもない、下位貴族の娘。しかも出戻り。商売でお金だけは稼いでいるけれど、領地も持っていない成金貴族の出のわたしと、そのわたしについて来てくれた従僕のフィン。
魔女に恨まれるようなことをした覚えはないし、国家の陰謀に巻き込まれるような重要人物でももちろんないというのに、一体なぜ。
「だから怪しんでいるんだろう。お前たちが何者か。魔女の手先ではないのかと」
「はぁ……確かにそれは、怪しいですね。王子様対魔女の現場に、いきなり無関係の人間が現れたんですもんね。これはわたしたちが怪しまれてもしょうがないわ。ね、フィン」
「だからって、ご主人様に剣を突きつけてくるのはどうかと思いますけど」
プンとそっぽを向くフィンの中では、王子様よりご主人様のほうが偉いみたい。
本当になんて可愛い健気な従僕を得たんだろう。ノイマン伯爵家に嫁いで唯一良かったのは、フィンと出会えたことね。
「随分と他人事のように言っているが、わかっているか? いや、わかっていたらそんなにのんきではいられないな」
「何の話ですか?」
「魔女の魔法はあの人形だけじゃない。この汽車自体が魔法で出来ている」
王子様の言葉に、思わず足元から天井を見た。特等車に入ったのは初めてだけど、マホガニーの質感や絨毯の柔らかさは本物だ。車窓からは相変わらず牧歌的な風景が流れていく様子が望める。揺れといい、音といい、作り物感はまるでない。
この汽車自体が、魔法?
「この列車からは出られない。止まることなく走り続ける、幽閉列車だからな」
タイトル回収…! 三人はどうなっちゃうの!? と思っていただけましたら
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