08 無害の証明
2026/07/23 前の話の後半を少し修正しましたので、そちらを読んでから続きをどうぞ! わりと大切な王子様変身シーンです。
実に偉そうにわたしたちを見下ろす王子様に、わたしとフィンはたじたじだ。
「ご、ご主人様。どうしましょう?」
「どうしましょうって言ったって、えーと……」
視線をさまよわせた先に、わたしのトランクを見つけた。フィンが運んでくれたのだろうか。
わたしがそれに手を伸ばすと、王子様がすかさず「何をするつもりだ」と鋭い声で尋ねてくる。
「身分を証明するものがひとつだけありました。ほら、これです!」
トランクの中に入っていた封筒を掲げて見せる。
封筒には、わたしの実家であるブラウン男爵家の印章で封蝋がほどこされていた。
王子様が他国の貴族の家紋を知っているかはわからないけれど、貴族にとっては身分を証明するもののひとつになるはず。
「なるほどな。手紙の封蝋印か」
「父からの手紙です。この斜めに二分割された盾に山猫が描かれているのが、我がブラウン家の家紋です」
「……悪いが、他国の貴族の家紋までは把握していないな」
手紙を突き返され「ですよね」とがくりとうなだれる。フィンがなぐさめるように背中を撫でてくれた。ありがとう、わたしの癒し。
「他に何かないのか」
「他にと言われましても、わたしは貴族とはいえ国の使者でも何でもありませんから、身分を証明する書状なんてものは持っていませんし、実家に帰るだけなのでパスポートだってありません。……というか、王子様は一体わたしたちを何だと疑っておいでですか? 暗殺者とか? わたしたちのような女子どもが暗殺者なんてありえませんよね? しかも丸腰ですよ」
無害アピールのつもりで両腕を広げて見せたけれど、王子様はまったく警戒を解くことなくため息をつく。
「女子どもであることは身の潔白には繋がらない。実際に女の暗殺者も子どもの暗殺者も過去にいた。暗殺者はわかりやすく武器を持っているとも限らない。むしろ奴らはまったく害のない姿をして近づいてくる」
「……ちょっと、王子様の生活の危険度を正しく想像できていませんでした。申し訳ありません」
とても苦労していることがうかがえて、つい謝ってしまった。
フィンも「偉い人って大変なんですね」と同情している。優しさから言っているのはわかるけど、王子様の心を逆なでしそうなのでいまは黙っていてほしい。
少し落ち着こう。王子様がわたしたちを疑うのは仕方ない。だって、彼は二週間も行方不明だったのだ。
おそらくわたしを襲ったあの化け物に拉致されたんだろう。ここはわたしたちが乗っていた列車とそっくりだけど別の汽車で、どこかに連れて行かれる途中なんだわ、きっと。
恐ろしい思いをしていたに違いない。そう考えると、ちょっと大人げなかったかしら。
確かクロイツの王子様は御年十八歳の未成年。わたしのふたつ下のはずだ。ここはわたしが年長者らしく、平和的解決に導かないと。
わたしは両手をゆっくりと、白旗を挙げるように掲げて見せた。
「……何のつもりだ?」
「やめましょう。証明しようのないものを証明することはできません。それに……正直に言うと、わたしたち以外に人がいてほっとしているんです。言い争うより、きちんとお話がしたいと思うのですが、いかがでしょう?」
にっこり笑ってそうお願いすると、王子様は青い目を丸くした。
まぁ。そんな表情までかっこいいのね。王子様の肖像画を作ったら売れないかしら、なんて不敬極まりないことを考えてしまう。
しばらく悩んだあと、王子様はサーベルを鞘に納めてくれた。「お前たちを信用したわけではない」と言いながらも。
とりあえずほっとして、フィンと笑顔を交わす。王族と普通の会話が出来るか不安だったけれど、まずは一歩前進だ。
「お礼がまだでしたね。昨日はわたしとフィンを助けていただき、ありがとうございました。こんな状況ですが王子様にお会いできて光栄です」
「その、王子様というのをやめてくれないか。何やら当てつけのように聞こえる」
「そんなつもりはないのですが……。では、レオンハルト様とお呼びしても?」
鷹揚にうなずく王子様。大丈夫だろうか。あとで「不敬だ!」とか切られたりしないだろうか。
正直“レオンハルト様”は長い。王子様のほうが呼びやすかったのだけど、仕方ない。ここは王子様の機嫌を損ねない方向でいこう。
そう決めたところで、ぐぎゅるるるとわたしの腹の虫が空腹を主張した。
「ご主人様……」
「ごめんなさい。昨日は朝と夜を食べ損ねてるから……」
つまり昨日わたしは一食しかとっていないことになる。
なんてこと。このままじゃ痩せちゃうわ。ただでさえ貧相な体つきなのに。
「あの、レオンハルト様。こんなときに申し訳ありません。朝食を取りたいのですが」
「緊張感のない奴だな」
「緊張していてもお腹は空くものです。人間ですから」
同じ人間でも、王子様は空かないのかもしれないが、わたしとフィンはごく普通の人間なのだ。
まだ王子様を警戒しているフィンの手を取り、歩き出す。王子様の前を通り過ぎると「どこに行くつもりだ」と尖った声をかけられた。
「食堂車です。昨日は厨房にたっぷり料理がありましたから、まだ食べられるかと思いまして」
「別にわざわざ行く必要は、」
王子様が何か言い終わる前に、わたしは部屋の扉を開く。
そこには調度、ワゴンで朝食を運んできた専属スチュワードが――と見せかけて、スチュワードに扮したあの化け物が立っていた。




