07 怪しい王子様
2026/07/23 後半修正しました
「私の名前はレオンハルト・プリンツ・フォン・クロイツ。クロイツ王国の第一王子だ」
低く張りがあり、威厳に満ちた声でもじゃ男が名乗った。
あまりにも見た目にそぐわない堂々とした自己紹介だったけれど、そんなことよりも驚きのほうが勝る。
「じゃあ……あなたが行方不明の王子様⁉」
まさか、と笑いたいのにそれが出来ないのは、もじゃ男の銀の髪がクロイツの王族の特徴と一致しているからだ。
クロイツの直系王族は、銀の髪と青い瞳を有していることが多い。新聞でも銀髪碧眼の麗しの王子が姿を消し、世の女性たちが悲しんでいるとかなんとか書かれていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたが本物の行方不明の王子様だったとして、その王子様がこの列車にいて、他には誰もいなくて、そこにわたしとフィンがいるということは……?」
「そうか。私は行方不明扱いになっているのか」
「まさか、行方不明なのは他の乗客じゃなくて、わたしたちのほうってことですか⁉」
ただ汽車に乗っただけなのに、どうしてこんなことに⁉
頭を抱えたわたしの叫び声に、フィンが「んにゃ?」と寝ぼけた声を出しながら目を覚ました。
「ご主人様……? あっ! 目が覚めたんですね⁉」
飛び起きたフィンが、すぐさま「体調はどうですか?」と心配してくる。
「大丈夫よ。フィンは? あなたもあの化け物にやられたの?」
「ぼくはピンピンしてます! あの化け物は……そこの自称王子が切り捨てていました」
フィンはわたしの腕をしっかりとつかみながら、もじゃ男を睨んだ。
わたしが意識を失う直前に見た光景は、幻ではなかったみたい。
「やっぱり王子様が倒したのね」
「ご主人様。あの男が王子だって話、信じるんですか?」
小声で責めるように聞かれ、言い淀む。
「そりゃあ、見た目は怪しいけど……彼の持っているサーベルはクロイツ製で、鞘を含めて意匠の素晴らしい逸品だし、それにあの指輪。クロイツ王家の紋章が入ってる」
ああいった王族の公的な身分証になるものは、模造品を身に着けるのはもちろん、作成することも重罪だ。
着ているものも上等だし、靴もピカピカ。ただ、髪と髭だけが浮いている。
「じゃあ、本物……?」
「わからないわ。クロイツの第一王子と言えば、類まれなる美しさで有名だけど……」
ふたり同時に、いまだ剣を手にしているもじゃ男を見る。
「もじゃもじゃですね」
「そう、もじゃ男なのよ。行方不明になって二週間だそうだけど、たった二週間でこんな怪しい風体になるわけないし」
こそこそと会話するわたしたちに痺れを切らしたように、自称王子様のもじゃ男は「おい」と声を荒げた。
「いつまでそうしているつもりだ。私は名乗ったぞ」
本当に彼が王子様なら、確かにわたしたちの態度は不敬に当たる。
わたしはサッと床に降り、ドレスの裾を片手でつまみ、礼をとった。
「大変失礼いたしました。わたしはエマ・フォン・ノ……ブラント。ブラント男爵家の長女です。こちらはわたしの従僕でフィンと申します」
「チェルハの貴族か。どこから汽車に乗った?」
「ノイマン伯爵領のハニッシュで乗車いたしました」
「目的は?」
まるで尋問だなと思ったけれど、まるでじゃなくてこれは正真正銘尋問なのだろう。
王子様はわたしたちを警戒しているのだ。怪しいのはどう考えてももじゃ男の王子様なのに。
「実家に帰るためです。翌日の午前中にデッセンで降りる予定でしたが、寝過ごしてしまったようで。起きたら昼を過ぎ、誰もいなくなっていたのです」
「いまの話に嘘偽りはないか」
「この状況で作り話をする必要があるでしょうか?」
わたしが首を傾げると、王子様は顔をしかめた……気がした。前髪とヒゲでよく見えないけれど。
フィンが「王子様と言えど失礼では?」と憤慨する。
「悪いが、突然現れたお前たちを簡単に信用することはできない」
「それはこちらも同じです」
「……私はお前たちを昨夜助けたんだぞ?」
「助けた振りをして油断させる作戦かもしれないでしょう?」
わたしたちを油断させたところで、という話だけどここは敢えて強気でいく。
剣を持っている相手だからと怯えていたら、フィンのことは守れない。わたしはフィンの主人として堂々としていないと。例え相手が本当に王子様だったとしても、だ。
譲らないわたしたちの間で、フィンがわたしと王子様を交互に見てあわあわしている。
しばらくすると、もじゃ男は剣を納めた。かと思えば、おもむろに備え付けの洗面台の扉を開く。
「……あの、一体何を?」
もじゃ男は答えることなく、洗面台に置かれていた固形の石鹸を泡立て始めた。
あれって、ラ・シュヴァ―ルのオイル石鹸じゃない。特等車ってあんな高級な石鹸が用意されてるのね。
商売をする家の娘として感心していると、もじゃ男は作った泡を顔にぬりたくると、剃刀を使って髭を剃り始めた。じょりじょりという音が、汽車の走る音の合間に微かに聞こえてくる。
やがて髭を剃り終えたもじゃ男はじゃぶじゃぶと顔を洗うと、長い髪をかき上げながらこちらを振り返った。
「これでどうだ」
現れたのは、まさにクロイツの至宝と呼ばれるにふさわしい、美しいご尊顔だった。
白い肌に、深い海を思わせる青い瞳が映える。すっと通った高い鼻梁に、髭がなくなりすっきりとした輪郭は、ビスクドールのように優美なラインを描いている。
新聞で見たことがある。間違いない。
目の前にいるのは確かに、クロイツ王国の美貌の第一王子殿下だった。
王子は再び、サーベルを抜いてわたしたちにその切っ先を突きつけてくる。
「さあ、次はお前たちの番だ。私の敵ではないと証明してみせろ!」




