06 三日目
「やだやだやだ! 何なのあれー⁉」
フィンが「降ろしてください!」と叫んでいるけれど、答える余裕がない。止まったらふたりとも殺される。そうとしか考えられない。
きっと、他の乗客はみんなあの化け物に消されてしまったんだ。絶対にそう!
向かう先には特等車。とにかくそこに飛びこんで鍵をかけてと考えたとき、その特等車の扉が勢いよく開いた。中から人が飛び出してくる。
また化け物⁉ と、わたしは思わず立ち止まってしまった。
その瞬間視界に映ったのは、背後から伸びてくるあの長い腕。
視界が闇に覆われる直前、こちらに向かって駆けてくる何者かが、腰の剣を抜くのが見えた。
***
柔らかい。こんなに柔らかで上等な枕は初めてだ。温かで滑らかで、まるで実家で飼っていた猫のよう――。
「はっ! 実家!」
帰らなきゃ、と強く思った瞬間目が覚めた。
やけに寝心地が良いと思ったら、わたしがいたのは豪奢な寝台の上。最高の眠りを提供してくれたのは、ベロア地のふかふかなクッションだったらしい。
「ど、どこ、ここ……?」
ホテルのスイートルームかのような広さと調度品だけれど、断続的な揺れと走行音がここがまだ列車の中だと教えてくれる。
ベッドの脇では椅子にフィンが座ったまま、ベッドのブランケットに突っ伏すように眠っていた。あどけないその寝顔にほっとする。
どうしてわたしはこんなところで眠っているんだっけ?
眠る前を思い出そうとした瞬間に浮かんだのは、あの化け物の姿だ。
「そうだ、あの化け物に襲われて……その後どうなったの?」
窓の外は明るいが、太陽の位置がわからない。妙に頭がすっきりしている気がするが、あれからどれくらい経ったのだろう。
ジャケットを着たままだったので、ポケットを探る。取り出した懐中時計を確認すると、針は八時前を示していた。
「……えっ⁉ 朝⁉」
まさか半日以上眠っていたの? その前も昼過ぎまで寝過ごして、いくら何でも寝意地が張りすぎている。気を失っていたとしてもおかしくはないだろうか。
「え、駅は? また乗り過ごして――」
窓の外をもう一度見ようとして、流れていく景色の中にいくつものオレンジ屋根が見えた。
大きな街だ。これだけ大きな街なら駅があるはずなのに、列車は停まる気配がない。
しかも、オレンジ色の屋根で家が統一されているのは、わたしが一昨日まで住んでいた街よりさらに王都側の地域だ。国境側に近づくにつれ、くすんだ茶色、緑の屋根と変わっていく。
昨日わたしが車窓からの風景に違和感を覚えたのはこれだ。
わたしたちは国境側に向かっていたはずなのに、目が覚めたら王都側に向かっていたことになる。
「列車を乗り間違えた? いいえ、途中までは確かにクロイツの方向に向かっていたはず。眠っている間にどこかの駅で車両の入れ替えがあった? わたしたちが乗ったままだと気づかずに――いいえ。それでも他に人が誰も乗っていないなんて説明がつかないわ。あの化け物も何なのかわからないし。とにかく次の駅で絶対に降りないと……」
「駅には停まらない」
ひとりでぶつぶつと呟きながら頭を整理していると、突然低い声がした。
「誰⁉」
まさかあの化け物かと、思わずフィンをかばうように覆いかぶさる。
すると調度仕切りの影になっていたソファーから、何者かが立ち上がった。
それは、身なりの怪しい男だった。
いや、着ているスーツは上等なのだけれど、珍しい銀の髪は伸び放題でぼさぼさ。かろうじて長い前髪の隙間から、青い瞳が見えるほど。無精ひげもあって、年齢がわからない。
「誰、か。お前たちこそ一体何者だ。どうやってこの列車に入った」
冷え切った声は、思ったより若く聞こえた。
サーベルの切っ先を向けられ、わたしはまだ眠っているフィンを抱きしめる。
「どうやってって、普通にチケットを買って乗ったのよ。それ以外どうやって汽車に乗るって言うの?」
答えたのに、男は私に剣を向けたまま黙っている。
何なのこの男。もう、わけのわからない状況が続きすぎて、頭がおかしくなりそう。
「デッセンで降りる予定が寝過ごしたみたいで、起きたら昼過ぎだった。他に乗客は誰もいなくなっていて、車掌の姿までないんだもの。わたしたちは二等車の部屋だったけど、誰かいないか探しに一等車に向かって、そしたらあの化け物が……」
襲われたときのことを思い出し、ぶるりと体が震えた。
あの専属スチュワード姿の化け物は、目の前のこの男が倒してくれたんだろうか。
「あの化け物は、一体何? あなたは普通の人間……よね?」
「……私のことを知らないのか?」
「そういうあなたは、わたしのことを知っているの?」
部屋がしんと静まり返る。何よ。わたしはおかしなことは言っていないわよ。
銀のもじゃ男はため息をつくと、切っ先を降ろした。
そのときようやく思い出した。銀の髪という特徴を持つ、とても有名な一部の人々がいることを。
やっと相方の登場です…! 続きが気になる! と思っていただけましたら
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