10 永遠の今日
聞き捨てならないことを一気に言われて、思わず言葉に詰まった瞬間、
ぐぎゅるるる。わたしの空気を読まない腹の虫が盛大に鳴いた。鳴りそうだなと思ったから、お腹に力を入れて我慢していたのに。
腕の中のフィンに「ご主人様……」とあきれ顔をされてしまった。恥ずかしい。
「まず聞きたいのは、あの化け物が一定時間で復活するというのは、具体的にはどれくらいで……?」
「大体三時間ほどだな」
「何だ、じゃあゆっくり食事出来るじゃないですか。わたしたち、その間に食堂車に行って、朝ごはん食べてきちゃいますね」
「はっ⁉ ……お前、見かけによらず図太いな」
昨日怖い思いをしたくせに、と言いたいのだろう。
でも三時間は安全なのだから、いまは食欲を優先して当然。ささっと食べて、ささっとこの安全地帯に戻ってくればいい。
「何とでも言ってください……って、レオンハルト様も行くんですか?」
腰に剣を差し、ついて来ようとする仕草を見せた王子様。彼の分の食事はワゴンにあるのに。
「行くに決まってるだろう。お前たちが妙な動きをするとも限らない」
どうやらあの化け物を倒したくらいでは信用できない、ということらしい。それはお互い様なので仕方ない。
もったいないので、ワゴンを押しながら食堂車へ向かった。厨房の料理は昨日のままで、悪くなっている様子もない。
フィンが給仕をしてくれると言うのでそれに甘え、わたしと王子様は向かい合って座った。
まぁそうよね。平民であるフィンが王子様と同じ席で食事なんてしたくないはず。わたしも正直、息が詰まりそう。
けれど料理がテーブルに並べられると、息の詰まりなんて綺麗さっぱり消えていた。
クロワッサンやデニッシュ、トーストと何種類ものパンが、まるで出来立てのような良い香りをさせている。これでもかと盛られたフルーツはどれも瑞々しい。
系列ホテルでも提供されるこのサラミとチーズ、大好きなのよね。二食も抜いてしまった分を取り戻す勢いで食べなくちゃ。
「……レオンハルト様、食べないんですか?」
ミルクを飲んだきり食事に手をつけない王子様に首を傾げる。
「いつも同じものだと、食べるのも億劫になるんだ」
「はぁ……? 美味しいのに」
そう言いながら気づいた。目の前の彼が本物の王子様だとして、王子様は二週間も行方不明なのだ。その間ずっと彼がここにいたとするなら、食事は一体どうなっていたのだろう?
いま食べているものは間違いなく新鮮で、腐ってはいない。誰かが用意しているってこと?
「あの、食べながらお話しをしても?」
「ようやくまともに話しをする気になったか」
「すみません。お腹が空くとどうしても意識がそちらに向いてしまうんです。それで、王子様が魔女に狙われていて、わたしたちがそれに巻きこまれたというのはわかったのですが、汽車が止まらないというのは一体どういうことでしょう? 止まらないなら、この列車はどこに向かって走っているんでしょうか」
窓の外は明るく、牧歌的な風景が広がっている。通り過ぎていく風景の中に、時々オレンジの屋根を見つけると胸がざわめいた。
やっぱり、国境側ではなく王都側を走っている気がするのだけど。
「窓の外の風景は偽物だ。意味はないぞ」
「……偽物? いまわたしたちが見ている景色がですか?」
「魔法で作られた幻影のようなものだと思えば良いんじゃないか」
幻影? この太陽の日差しの温かさを感じ、風の匂いがしそうな風景が?
思わず窓の向こうをじっと見つめたけれど、どう見ても本物にしか見えない。
「恐らく私たちは、乗っていた汽車と繋げられた、まったく別の空間にいる。この列車は我々の乗っていたものとそっくりだが別物で、どこかに向けて走っているのでもない。恐らく現実世界のある一定の区間と時間をそのまま写し取り、固定したんだろう。だからこの列車はどこにもたどり着かない。永遠に同じ時間を繰り返しているんだ」
王子様は聞き取りやすい良い声でよどみなくしゃべるけれど……どうしよう。内容が全然頭に入ってこない。彼の言っていることのほとんどが理解不能だった。
「何と言うか……もう少し、わかりやすく言っていただくことは可能ですか?」
「一晩経てば、また同じ景色が通り過ぎるのを見られる」
「あ。いまのはわかりやすかったです。……でも、本当にそんなことが?」
まるで物語の中の話みたいだ。実際に今日と明日が同じなら、わたしは夢でも見てるんじゃないかと思うだろう。
「私は事実しか言っていない。お前がいま口にしている食事も、厨房にあるものすべて食べきったとしても、明日また同じものが厨房にあるだろう」
「えっ。……この料理も、魔法で出来ているのですか?」
では、わたしが列車内で食べたと思ったものは、外の景色のように幻影で、本当は何も食べていない状態ということ?
もしそうだとしたら、食べても食べてもお腹は膨れないし、痩せていくいっぽうだ。
「いや、魔法で作ったものだがこれは幻影ではない。食事が偽物なら、私は今頃こんな風に動けてはいないだろう」
「ああ、おっしゃる通りですね。良かった。食事は本物で」
二週間も栄養が取れていなかったとしたら、きっととっくに衰弱しているだろう。わたしなら餓死しているかもしれない。
「列車内で食事をしたり、備品を消費したり、何かを壊したりしても、一晩経てば元の状態に戻る。だから料理は腐らないし、消耗品もなくならない。永遠に同じ日が繰り返されているようなものだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず立ち上がったわたしに、王子様が綺麗な目を丸くする。
もしかして、いままでで一番衝撃的な事実を告げられたのではないだろうか。
朝食は火を使わない軽めのものです。




