11 尊厳
「それって、毎日同じ料理しか食べられないということですか⁉」
思わず前のめりで尋ねると「気にするのはそこなのか」とあきれられた。
「ご主人様は、食べることがとってもお好きなんです!」
フィンのフォローに、王子様はますますあきれた顔になる。
何でよ。食事は大事じゃない。王子様だってさっき、毎日同じものだと食べるのも億劫になるって言っていたんだからわかるでしょう。好きなものを自由に食べることが出来ない苦痛が。
「まぁ……三食、別の料理が用意されるならまだ良心的と言えるのかもしれませんね。でも一体なぜこんな不思議なことが起きているんです? てっきり、レオンハルト様は魔女に命を狙われているものとばかり思っていたのですが……」
食事を与えられ、ある程度動き回ることは出来るが、列車に監禁され外に出ることは出来ない。
この状況は命を狙われているというよりも、まるで飼われているようなものじゃないだろうか。
王子様は大皿の葡萄をぶちっと取ると、ぽいと口に放りこんだ。二週間も行方不明だと、王族もワイルドな食べ方をするようになるらしい。
「魔女の考えなど、私にわかるものか」
ぶち、ばく、ぶち、ばく、と葡萄をがむしゃらに食べる王子様。やさぐれている。
でも、時折うっとうしげに長い髪を払う仕草さえ優雅で美しい。さながら劇のワンシーンかのように。
わたしとフィンは、顔を見合わせた。たぶんいま、わたしたちの考えは一致している。
(この人、実は魔女に気に入られて飼われているだけなんじゃない……?)
王子様は、そう思ってしまうのも仕方のない麗しさなのだ。ボサボサ髪だけはいただけないけれど。
けれどそうなると、いよいよわたしとフィンがなぜ巻きこまれたのかという話になる。
本当に何で? わたしたち、何かしましたか? ようやく自由の身になって、家に帰る途中だった何の罪もない一般人なのに。
もちろん、そんなことを言える空気ではないので、賢い一般人は咳ばらいをした。
「とりあえず……レオンハルト様。髪、切りませんか?」
***
食堂車からテーブルクロスを二枚拝借し、わたしたちは特等車の王子様の部屋に戻った。
クロスの一枚は床に敷き、もう一枚はケープ代わりに王子様の首から下を覆う。床に敷いたクロスの上に椅子を置いて王子様に座ってもらえば、即席美容室の出来上がりだ。
ハサミは特等車のスチュワード待機室にあったものを持ってきた。散髪用ではないけれど、切れ味の良さそうな銀のハサミだ。
まだわたしたちを信用しきれていないようなので、ケープの下で剣は握ってもらっている。間違って耳でも切ろうものなら、その瞬間わたしも真っ二つになるかと思うと、嫌でも真剣になった。
「ぼさぼさで絡まっていましたけど、きちんと梳けば綺麗な御髪ですねぇ」
備え付けの櫛で根気よく髪を梳かしていけば、王子様の銀の髪は絹のような艶を放ち始めた。
髪を切らないかと言い出したのはわたしだけど、これは切るのがもったいないくらい綺麗だわ。でも王子様のほうは早くさっぱりしたくてうずうずしている様子。
仕方ない、と覚悟を決める。
「では、切りますよ? 肩くらいでそろえる感じで良いですか?」
「いや。そこの子どもくらい短くしてくれていい」
「フィンと同じくらいに? かなり短いですけど……」
王子様は「構わない」と目を瞑る。本当にそんなに短く切ってしまっていいの?
まあ、本人がそれで良いと言っているのだから、とわたしはショキンとハサミを入れた。失敗しても調整がきくように、フィンよりは少し長めを意識する。
「外交を終えられたとおっしゃっていましたが、我が国の印象はいかがでしたか?」
「そうだな……ロミエール地方は美しかった。あれほどの古城が残っている国は珍しい」
「ロミエールの古城群は壮観ですよね。城主たちに献上するワインのための、葡萄畑も素晴らしいですし。いまもロミエールのワインはチェルハの特産品ですもの」
「ああ。この列車にもロミエールのワインが積まれているぞ。飲み放題だ」
「それは良いことを聞きました。今夜は酒盛りですね!」
あら? でも、王子様はまだ未成年だったはず。クロイツ王国では飲酒可能な年齢なのだろうか。その辺りはあまり詳しくないのよね。
喋りながらもどんどんハサミを入れていくわたしも。王子様が「手慣れているな」と感心するように言った。
鏡越しに、サファイヤのような青い瞳と目が合うと、少し手元が狂いそうになった。
「そう見えますか? 実は、フィンの髪をときどき切ってあげていたんです。ね?」
「はい! ご主人様は髪を切るのがとてもお上手です! ぼくのこのくるんくるんとした癖の強い髪も、綺麗に整えてくださるんですから」
「使用人の髪を主人が切るのか」
「その頃、この子の主人はわたしではなく、ノイマン伯爵家の当主でしたけれどね。嫁いだら暇で暇で仕方なく、ぜひ切らせてとわたしからフィンにお願いしたんですよ」
実家で飼っていた長毛の猫の毛も、絡まることが多くたまに切っていた。フィンの髪を見るとその猫を思い出してつい――というのは、今後も言わない予定だ。
ある程度切り終え、櫛でさっと髪を払いながら整える。クロスを外し、タオルで残った髪をそっと落とすと、まるで精巧な人形のような麗しい王子様が爆誕していた。
言葉を失うほどの衝撃を、初めて味わっている。こんなにも美しい人がこの世にいるのかと、わたしもフィンもうっとりと魅入ってしまった。
「ほぅ……良い腕だ」
王子様は鏡の中の自分を角度を変えて確認したあと、わたしを振り返り微笑んだ。
その眩いばかりの微笑みに、目が潰れそうになる。
「エマ、だったな。ありがとう。久しぶりに人としての尊厳を取り戻した気分だ」
握手を求められ、黙って応じる。大げさです、と言おうとして出来なかった。
なぜか、王子様の「ありがとう」がしばらく胸の奥でこだまして消えなかったから。
(そういえば、誰かにありがとうって言われたの、いつぶりかしら……)
人としての尊厳を取り戻してもらったのは、もしかしたらわたしのほうだったのかもしれない。
王子様がデレた――――!! と思った方は
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