12 逞しき令嬢
使ったテーブルクロスやハサミは、その辺にぽいとしておいても、一晩経てば元の場所に綺麗な状態になって戻っているらしい。
魔法の不思議さに感心しながら、切った髪が散らばらないよう、上手くクロスを丸めて部屋の隅に置いておく。
本当は切り落とした銀の髪を集めたら、素敵な鬘が出来るんじゃないかしらと思ったのだけれど、残念なことに髪や爪などを切って体から離れたものは、朝になれば消えてしまうのだそうだ。
物は元の場所に美しい状態になって戻り、ゴミや汚れはきれいさっぱり消え去る。唯一魔法の影響が及ばないのが人体だと王子様は言う。
体の外についた汚れは消える。つまりお風呂に入らなくても一晩経てば清潔な状態になっている。けれど髪や爪は伸びる。食べなければ痩せるし、食べ過ぎれば太る。人の体だけリセットされないのだ。
「つまり、同じ時間を永遠に繰り返していても、体だけは成長し、年も取るということですね」
「そうだ。ここから出ることが出来なければ、ここで年を取り、老いて死ぬ可能性もあるということだ」
髪を切ってさっぱりした美貌の王子様は、憂いをたっぷりと含んだ顔でため息をつく。
何だかすでに諦観しているように見えるのは気のせいかしら?
「それは困りますね。せっかく三年ぶりに俗世に出られたというのに」
「俗世? お前は刑務所の中にでもいたのか」
「刑務所ではありませんが、似たようなものです。よいしょっ」
おもむろに、先ほどまで王子様が座っていた椅子を持ち上げる。
ギョッとするふたりを横目に、わたしはそれを思い切り振り上げ――。
「とりゃっ!」
全力で列車の窓に叩きつけた。
砕けた椅子の破片が飛び散る。わたしの後ろにいたフィンは無事だけど、いくつかの破片が王子様のほうに飛んでしまった。
「お……まえは! いきなり何をするんだ!」
「そうですよ、ご主人様! 危ないことはぼくがしますから!」
「違う! そういうことじゃない!」
信じられん! と騒ぐ王子様は放っておいて、わたしは椅子が当たった窓をじっと観察する。うっすらと、窓ガラスに自分の険しい顔が映った。
「まぁ……驚きました」
「驚いたのはこっちだが⁉」
「見てください。窓は割れるどころか、傷ひとつついていません。壊れたのは椅子だけ。本当にこの列車、魔法で出来ているんですね」
「だからずっとそう言っているだろうが!」
怒りん坊の王子様を、フィンが「ご主人様に向かって怒鳴らないでください!」とたしなめる。
口喧嘩をするふたりの声を聴きながら、わたしは落ちていた壊れた椅子の脚を一本持って、今度は廊下への扉を開いた。
「おい! 何を考えてる⁉」
「あ、いました。化け物スチュワード」
一等車に繋がる連結部の前を、あの一つ目の魔法人形がうろうろしていた。本当に三時間ほどで復活するらしい。霧散していった体がすっかり元通りになっていた。
魔法人形はわたしが廊下に出たことに気づき、長い腕を引きずりながら、速いとも遅いとも言えないスピードで向かってくる。
腕がこちらに伸びてくる前に、わたしは「てりゃっ!」と持っていた椅子の脚を一つ目に叩きつけた。一瞬、魔法人形がぐらりと揺らぐ。けれど今度は倒れることなく、長い腕を伸ばしてきた。
「あ、あら? 思い切りやったはずなのに」
「まったく……何をしてるん、だ!」
後ろから飛び出してきた王子様が、流れるように剣で魔法人形の腕を切り落としてくれる。何をやっても美しくさまになる。
その隙に、わたしは今度こそと力をこめて一つ目を殴りつけた。
またあの、気持ち悪い感触がしたあと、魔法人形は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
油断せず見守っていると、制服ごと人形の身体がさらさらと消えていく。
「ふぅ。倒しました!」
「……お前は本当に貴族の令嬢なのか? 素手で倒せるほど弱い人形ではないはずなんだが」
疑わしげな王子様の視線に、ちょっぴり傷つく。おそらく魔法人形の弱点が目で、上手く当たっただけなのに。
「ご主人様は、悪い鼠を倒すのもお上手なんですよ! 箒で一発です!」
「あっ。こら、フィン。しー!」
「チェルハの令嬢はたくましいのだな……」
いけないわ。わたしが害獣を追いかけ回す女だったせいで、王子様のチェルハの淑女に対する認識がおかしなことになってしまう。
話題を変えようと、わたしはパンと手を叩いた。
「さて、これでまた三時間は安全ですね!」
「何をするつもりだ?」
側廊下を歩き、特等車から駅のホームに出るための扉の前に立つ。
「確認です。本当に、外へのドアは開かないのか」
鼠は病気の元になる害獣です。現代日本で言うゴキブリより嫌われていて、恐怖の対象です。
(ちなみに作者はゴキブリと対峙したことがありませんが、こわいです)




