13 妹
真鍮のハンドルをつかみ、ぐっと力をこめたけれど、ぴくりとも動かない。
やっぱりダメか。この列車が魔法で出来ていなくても、事故を防ぐために走行中は鍵がかかっている。
「鍵は確か、専属スチュワードが持っているはずですよね?」
わたしの確認に王子様はため息をつくと、すぐ傍の専属スチュワードの待機部屋に入っていった。すぐに戻ってきた彼の手には、真鍮で出来た鍵の束が。
王子様はその中から見せつけるように大きな鍵をひとつ掲げると、それを乗降ドアの鍵穴に差しこんだ。
鍵を回そうとした瞬間、ガチンと固く拒むような音が響く。
「この通り、ムダだ。私がこれまで何度も試した。押しても引いても、叩いても蹴っても、外への扉は開かない」
ただ淡々と事実を話しているだけのように聞こえるけれど、やっぱりその声には諦観の色がにじんでいる。
「では、他の車両のドアも試してみましょう!」
「ムダだと言っている。どの車両のドアも一緒だ。何を試しても絶対に開かない。この列車は鍵のない檻と同じなんだ」
「だから諦めろとおっしゃるんですか? わたしは絶対にこの列車から脱出します。妹の結婚式に出るために!」
わたしが拳を高く振り上げると、フィンがパチパチと拍手で盛り上げてくれる。
しかしノリの悪い王子様は、白けた目をして腕を組んだ。
「自分は離縁したというのにか?」
「まぁ、ひどい。でもそうなんです。そこなんですよね……。縁起が悪いので本当は参列しないつもりだったのですが、妹がぜひ出てほしいと言うんです。可愛い妹の頼みですから、親や親戚に白い目で見られても、わたしは妹の結婚式に行きますよ!」
商家が始まりの我が家では、縁起やジンクスは大事にするけれど、傾倒してはいけないと言い聞かせられている。そんなもので商機を逃すのはバカのすることだ、と。
結婚式は商機とはちがうけれど、わたしの参列を親は咎めはしないだろう。
「……妹と、仲が良いんだな」
「そうですね。弟妹は可愛いです。わたしが嫁ぐときも、寂しいって泣いてくれたんですよ。まぁ、三年で出戻ることになったので、あのときの涙を返せと言われちゃいそうですが」
家に着くころには、わたしの中でも色々な感情に折り合いがついて、笑い話にできるようになっているだろう。
もしかしたら、すでに次の嫁ぎ先が決まっていて、笑えない状況になっている可能性もあるけれど。
「たしか、レオンハルト様にも妹君がいらっしゃいましたよね?」
「レオンハルト様に似ていらっしゃいますか? きっとお美しいのでしょうねぇ」
これまた王族のように美しい顔立ちのフィンが、想像するようにうっとりして言う。
確かに、王子様と瓜二つのお姫様がいたとしたら、美女をめぐって国家戦争が起きてもおかしくないものね。
王子様は「私は似ていると思うんだが」と歯切れの悪い言い方をする。
「私も、妹のことは私なりに大切にしていたつもりだが……いまは、政敵のようなものだ」
そうか。王子様はまだ立太子をしていない。クロイツでは女王の代もあった。妹王女が立太子する可能性もあるということだ。
うちのような貴族とは名ばかりのほぼ庶民の家だと、兄弟が多くても特に後継者争いなんて問題は起きない。大抵は長男が継ぐし、我が家もそうだ。
兄弟で次期国王の座をめぐって争う、という感覚がわたしにはいまいち理解できなかったけれど、気持ちの良いものではないのだろうなということは想像できる。
「まぁ、色々な家族の形がありますよね。それで、どうします? わたしはこれから列車の中を見て回ろうと思います。どこかに出口がないかどうか、一部屋ずつ確認してみないと」
「さっきムダだと言ったはずだが?」
「これまではどこも開かなかったのかもしれませんが、いまはわからないでしょう? だって、わたしたちがこの列車に入ってきたんですから」
ハッとする王子様。ようやく気付いたのだろう。わたしたちが現れたことで、列車にも何か変化が起きている可能性があると。
「あの化け物スチュワードは倒しましたし、王子様は特等車の部屋でお待ちいただいて結構ですよ。三時間以内に戻るようにしますから」
「ご主人様! ぼくはご一緒しますからね!」
「わかってるわ、フィン。一緒に行きましょう」
「はい! ぼくは三等車まで行きましたから、ご案内いたします」
胸を張るフィンの頭を「ありがとう」と撫でる。
ピンクブロンドのふわふわ感を味わっていると、王子様がむっつりとした顔で「私も行く」と呟いた。
「私の目の届かないところで、怪しい行動をするかもしれない」
「あ。まだ信用されていないんですね」
「当たり前だ。鍵は私が持つからな」
王子様は「行くぞ」とどこかムキになっているように言って、一等車へのドアを開いた。
わたしとフィンはこっそり顔を見合わせる。
「何だか怒ってる?」
「仲間外れみたいになるのが嫌だったんでしょうか」
「ふふっ。そうだとしたら、ちょっと可愛いわね」
「おい、何をしている?」
わたしたちがコソコソ話していると、王子様が早く来いと急かしてきた。
さすが王子様。偉そうだ。でも実際偉い人なので、そんな不遜な態度がよく似合っているというか、とても自然なので面白い。
王子様の機嫌を損ねないよう、わたしとフィンは「いま行きます」と彼の背中を追いかけた。
さぁ、列車内探検のはじまりだ。
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