14 不慣れ
一等車は二両あり、一両につき八室用意されている。一室の定員は二名。それが二両連なっていて、わたしたちは一室一室、中を確認していった。
一両まるまる使った王子様の特等車とは比べ物にならないけれど、一等車も長旅が苦にならないくらいの広さはある。
ベッドとテーブル、シャワーに洗面台が各部屋あって、トイレは一両につき一台。すぐそばに専属スチュワードの席もある。
どの部屋ももちろん空室で、誰もおらず荷物もない綺麗な状態だ。
物が少ないので調べるところは限られる。ベッドの中、脇、洗面台の扉の中、シャワー室の中。どの部屋もおかしなところは何もない。
念のために備え付けのランプの土台で思い切り窓を叩いたけれど、やっぱりガラスには傷ひとつつかなかった。
代わりに「危ないことはぼくがやるって言ったでしょう!」とフィンに怒られ、わたしの心が傷ついた。従僕に叱られる主人なんて、情けない。
王子様は、部屋を調べ回るわたしたちを黙って見ているだけだった。すでに調べ尽くした、とその表情が物語っていた。
一等車の乗降口も、特等車と同じように開かなかった。鍵穴に差しても鍵が回らない。どうしてもガチンと拒む音が響く。
「いやいや。まだ一等車ですから」
誰にともなくそんな強がりを言うわたしに、王子様は何も言わない。
「そうですね! まだ、たった三両です!」
「そうそう。さ、次に行きましょう!」
食堂車はバー・ラウンジを入れると一等車用、二等車用と三両ある。その間に従業員の控室兼荷物車両があるので、荷物の量によっては調べるのにかなり時間がかかりそう。
全車両の窓とドアを先に調べてしまいたいから、荷物は後回しにしたほうが良さそうだ。
上位貴族たちの社交場でもあるバー・ラウンジは調度品も豪華だ。ここを荒らすのは気が引ける。この花瓶なんて一体いくらするのやら。
でもまぁ、一晩経てば元通りなんだし! とわたしはその花瓶を掴んで、窓に叩きつけようとした。
「やめろ」
それまで黙っていた王子様が、突然花瓶をつかんでそう言った。
「どうして止めるんです? もしかして、この花瓶が国宝級にお高いとか……?」
「たかが汽車が国宝を乗せて走るか。いいから、貸せ。私がやる」
わたしから花瓶を奪う王子様の強引さに戸惑う。
「急にどうしたんですか? あんなにムダだとおっしゃっていたのに」
「徒労に終わるだろうとは思ってる。危ないから変わると言っているだけだ」
怪我をするから下がっていろと命令され、わたしはぽかんとしながらも、王子様の後ろに下がった。
ロイヤルらしい傲慢さはあるけれど、紳士なのね。
何だか、自分が守られている状況が不思議だった。
これまでわたしを守ってくれるような人はいなかった。親でさえわたしを商品のように嫁に出したくらいだから。
ああ、わたしって守られ慣れていないんだ。
王子様の大きな背中が、それに気づかせてくれた。
「ぼ、ぼくだってご主人様をお守りしますよ! ほら、ぼくの後ろに隠れてください!」
慌てて前に出ようとするフィンを「あなたも危ないから下がっていましょうね」となだめながら腕の中に隠す。
王子様が花瓶を窓に叩きつけると、パリンと高い音とともに花瓶が砕け散り、鮮やかな花と水飛沫が舞った。
「ここもダメみたいですね」
「そうみたいね。ありがとうございます、レオンハルト様。お怪我はありませんか?」
「ない。次は何を壊す?」
「窓を割りたいだけで、物を壊すのが目的ではないのですが……」
バー・ラウンジのソファの隙間や床も済み済み見たが、怪しいところは特にない。
続く一等車専用食堂車に戻ってきたわたしたちは、主にテーブルの下を探して回った。厨房にもおかしなところは何もない。朝食のメニューが変わらず並んでいる。
さきほど食べなかった別のメニューが食べたくなって、ふたりの目を盗みつまみ食いをした。
見られていないと思ったのに、ふたりにばっちり気づかれていて「さすがにそれはどうかと思う」と言われてしまった。またしても恥。
食堂車に乗降口はないので、王子様が窓だけランプを叩きつけて確認した。どの窓も割れなかったので隣の荷物車に移る。
ここは窓のある従業員の待機室だけを見て回ることにした。
狭い部屋に二段のベッド、ハンモック、小さなテーブルがあり、食事と睡眠をとるだけの部屋という簡素な造りだ。
ここにはウォールランプしかなかったので、食堂車からシャンパンやワインの瓶を持ってきて各部屋の窓を確認した。どの部屋の窓も乗降口も変わらない。
倉庫になっている部屋は後回しにし、二等車の食堂に入る。フィンと食事をしたのが、何だか随分前のことに感じた。
「ご主人様、グラスの破片が亡くなっています!」
「え? ああ……本当だわ。そういえばあのとき、いくつかグラスを割ったわね」
フィンが転んだ拍子に落ちて割れたグラスの破片を、この隅に集めておいたのだ。それが綺麗になくなっている。
カウンターの上にいくつグラスがあったかは覚えていないけれど、一緒に割れたはずの鳥のオブジェが元通りの姿で置かれていたので確信する。
「本当に一晩経てば元通りになるのね」
真っぷたつに割れたはずの水晶の鳥は、どの角度から見ても美しく、ヒビひとつ入っていない。
これもすべて魔法で出来ているからなのね。
感心と少しの恐怖を覚えながら、水晶の鳥を覗きこんでいるフィンにそれを手渡す。
「あ……っ!」
小さな手がオブジェを受け取り損ねた。
フィンは「わっ! わっ!」と言いながらオブジェを再度キャッチしようとして、指先で弾くことを数度繰り返し、結局水晶のオブジェは再び落ちてパリンと割れた。
「うあ……も、申し訳ありませんっ」
「大丈夫よ。一晩経てば元通りになるってわかったじゃない!」
「ううっ。ぼくはダメな子です」
落ちこむフィンを励ましながら、食堂車を捜索する。
けれどここでも何も見つけられないまま、二等車に移動することになった。
二等車から先は自分が案内すると、涙目でフィンが通路の扉を開ける。
その向こうに、青い制服が見えた瞬間、全身の血の気が一気に引く音がした。




