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呪われ王子と出戻り令嬢の繰り返される幽閉列車の旅  作者: 糸四季


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02 相部屋


「あら可愛らしいこと。お母様とお出かけ?」


 部屋に入ったわたしたちに、老婦人は新聞を畳んでにこやかに話しかけてきた。


「いいえ、ぼくは従僕です! ご主人様はまだ二十歳を越えられたばかりですから、ぼくのような大きな子どもがいるはずありません!」

「フィン……」

「あらあら。とっても仲良しに見えたから勘違いしちゃったわ。ごめんなさいね?」


 ぼく、キャンディは好き? と老婦人に小さな包み紙を差し出され、フィンは屈託なく「好きです!」と笑顔で受け取っていた。

 無邪気な天使の社交性はとてつもない。婚家で邪魔者扱いだったわたしに仕えるフィンが嫌な思いをしていないかとよく心配したけれど、彼は持ち前の愛らしさと人懐っこさで皆に可愛がられているようだった。きっと、私の実家に戻ってもフィンなら上手くやれるだろう。


 ふと、老婦人が読んでいた新聞が目に留まる。わたしの視線に気づいた老婦人が気を遣って「お読みになる?」と差し出してくれた。


「夫が読んでいたものなんだけど、字が小さくって」


 どうやら熱心に読んでいるように見えたのは、顔を近づけて目を凝らしていたかららしい。

 わたしはありがたく受け取って新聞を広げた。すぐに現在の経済情勢がわかりそうな記事を探す。婚家ではあまり新聞は読めなかったので、三年ぶりに水を与えられた植物のごとく情報を吸収していく。


 わたしの実家であるブラウン男爵家は、小さな商家から始まり鉱山業や製鉄業で財を成し、爵位を買った。父は子どもたち全員に性別関係なくブラウン家の人間としてお金を稼ぐ重要性を説き、大抵のものはお金で買えるのだと教えた。

 形のないものであってもお金で買える。例えばそれは経験や教養であったり、今回わたしが手に入れた自由であったり。

 その教育が父親が子に伝えるものとして正しいかどうかはわからないが、婚家で三年ほど自由を奪われていたわたしには、大いに役立つ教育だったと思う。


 新聞からは国際情勢の不安定さから多少の経済面の揺れは感じたけれど、まだ大きな動きはないようでほっとする。男爵家の事業についても小さな記事があった。順調なようで何より。


「恐ろしいわよねぇ。走る列車の中で行方不明になるなんて」

「え……?」


 老婦人に言われ、きょとんとする。

 新聞の一面を確認すると『国際列車の中から忽然と姿を消した王子はいまどこに⁉』という見出しがひと際大きく取り上げられていた。


「この列車に乗っていたんですってねぇ。朝になったら特等車からいなくなっちゃったなんて。一晩のうちに何があったのかしら」

「どこから何の声明も出ていないようですし、ただの誘拐ではなさそうですね。王族ともなると、やはり暗殺者に命を狙われたりされるでしょうし、ただ身を隠されているだけなら良いですけれど」

「そうねぇ。恐ろしいけれど、まぁ誘拐や暗殺なんてわたしたちには縁のない話よね」


 王子様も無事だと良いわね、という老婦人に同意して新聞を畳む。

 わたしが誘拐されたとしても、きっと父は身代金を払ったりはしないだろう。

 嫁ぎ先で数々の問題にさらされたときと同じように「自分でどうにか解決しなさい」と言うに違いない。そう考えると少し笑えた。


「あなた方はどこまで行かれるの?」


 老婦人に聞かれ、フィンが「デッセルまでです!」とお行儀良く答える。


「五日後、デッセルで妹の結婚式があるんです」

「まぁ、それは素敵ね。わたしたちはクロイツの手前まで行くの。後で夫を紹介するわ。楽しい旅にしましょうね」


 フィンもいるし、他人と相部屋であることを心配していたけれど、相手が老婦人のような人で良かった。

 わたしはフィンと微笑み合い「よろしくお願いします」と老婦人と握手を交わした。


***


 ガタゴトという音と揺れで目が覚めたとき、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。

 伯爵家の離れにあるわたしの部屋じゃない。あそこは日当たりが悪く何もない部屋だったけれど、広さだけはそれなりにあった。


 体を起こすと、天井が低かった。いや、違う。これは天井じゃなくて二段目のベッドだ。

 小さな窓の向こう側の景色が、次々と流れていくのを見て、昨日列車に乗ったことを思い出した。


「あら……? メーベル夫人がいない」


 向かいのベッドがソファーに戻っているのを見て呟く。

 メーベル夫人とは、仲良くなった相部屋の老婦人のことだ。男性用寝台車にいた夫が来て、自己紹介をし合った。

 メーベル氏は植物学者で、旅行を兼ねた植物採取のためにこの汽車に乗ったのだそうだ。一等車の個室を希望していたけれど、人気過ぎて予約が取れなかったらしい。わたしたちも同じだったので、お互い親近感が湧き盛り上がった。


 夕食の時間には食堂車で、四人で楽しい時間を過ごしたことは覚えている。

 離縁し実家に帰る途中だと話すとひどく同情されてしまったけれど、まだ若いからきっと他にも縁はあるし、何だってできる、もし困ったら助手においでと慰めてもらった。


「メーベル氏のところかしら? でも、荷物がないわ。……まさか」


 慌ててベッドを降り、窓から空を見る。太陽の位置が随分高い。

 しまった、寝過ごした! デッセルには昼前に着く予定だったのに、とっくに時間が過ぎている。


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