EP 19
怯える森と、王の決断
デーモンロード討伐による熱狂的な宴から、数日が過ぎた。
エルフの里には一見すると平和な日常が戻っていたが、森の奥にはどこか重苦しい空気が漂っていた。
風で木々がざわめく音がするだけで、外で遊んでいた子供たちは怯えて母親の影に隠れ、大人たちも夜警の数を倍に増やして、僅かな気配にも神経を尖らせている。
そんなある日、太郎とヒブネは再びゼフィル長老の家へと招かれた。
「よく来てくれた、太郎殿、ヒブネよ」
長老は二人を座らせると、深く、重いため息をついた。その顔には、以前よりも深い皺が刻まれ、疲労の色が濃く滲んでいるように見えた。
「長老、どうされたのですか? 皆、無事に戻ったというのに、何か懸念でも?」
太郎が尋ねると、長老は重々しく口を開いた。
「……勇者様。確かに同胞達は無事に戻り、怪我も癒えた。じゃが……心に負った深い傷は、そう簡単には癒えぬのだ」
長老は窓の外、不安げに身を寄せ合うエルフたちを悲痛な目で見つめた。
「此度の件で、里の者たちは心の底から恐怖しておるのだ。『また魔族が現れるのではないか』『魔王復活の為に、再び生贄として攫われるのではないか』と……。夜も満足に眠れぬ者が多い」
デーモンロードは倒したが、魔族の闇組織が完全に壊滅したわけではない。「魔王復活」という邪悪な目的がある限り、極めて高い魔力を持つエルフ族は、常に狙われ続ける運命にあるのだ。
「糞ッ! 魔族共め! 忌々しい……!」
ヒブネがドン! と机を叩いた。
彼女とて、四六時中ずっと里の全周を見張っているわけにはいかない。
「結界があるとはいえ、再びデーモンロード級が現れれば力ずくで破られる可能性もある。……我らはこの先ずっと、この森で震えて暮らすしかないのか」
長老の悲痛な声が部屋に響く。
太郎は腕を組み、静かに考え込んだ。
(放っておけない。彼らは僕たち家族を温かく迎え入れてくれた恩人だ。それに、このまま恐怖に怯える生活が続けば、せっかくの美味しいお米や味噌作りも廃れてしまう)
太郎は顔を上げ、決意を込めて真っ直ぐに長老を見た。
「長老。……エルフの方々全員を、僕が治める国、『太郎国』で保護させては如何でしょうか?」
「な、何ですと!?」
長老が目を丸くして身を乗り出した。ヒブネも驚きの表情で太郎を見る。
「た、太郎国へ移住しろと!? しかし、そこは海の向こうの人間の国……。それに、我らのような数百人もの大所帯、急に受け入れられるのですか!?」
「問題ありません。太郎国は、僕が作った国です。防衛力は間違いなく世界一ですし、未開拓の広大な敷地も余っています。それに……」
太郎は、かつて魔神王を打ち倒した時の、真剣で揺るぎない眼差しで続けた。
「魔王復活は、エルフだけの問題ではありません。世界全ての脅威です。ならば、僕の目の届く範囲で、僕の持つ全力の力を挙げて、皆さんをお守りしたいんです」
それは、重圧から「逃げ出した王様」の言葉ではない。
大切な民と家族を守る、「勇者」であり「王」としての確かな決断だった。
「おぉ……!!」
長老はボロボロと涙をこぼし、震える手で太郎の手を固く握りしめた。
「かたじけない……! 勇者様がそこまで言ってくださるなら、我ら一族、喜んで太郎国へ移住いたしましょう!」
「よろしくお願いします! 太郎様!」
ヒブネも、その場で深く、深く頭を下げた。
「善は急げだ。すぐに準備を始めよう」
太郎は空中にウィンドウを開き、100円ショップの『文房具・レター』カテゴリから『魔法通信文セット(超遠距離用)』を取り出した。
宛先は、太郎国・留守居役であり、最高責任者の家令(宰相)マルスだ。
太郎はサラサラとペンを走らせる。
『拝啓 マルスへ
元気にしていますか? 僕は今、サバラー大陸で二児のパパになりました(詳しくは帰ってから話すね)。
さて、急で悪いんだけど、エルフ族数百名がそっちに引っ越すことになった。
彼らは最高の米と味噌を作る超優秀な技術者たちだ。太郎国の食文化にとっても絶大なプラスになるはずだ。
城の敷地内に、彼らの居住区と広大な農地を大至急用意してほしい。
あと、魔王復活を目論む魔族もストーカーみたいについてくるかもしれないから、迎撃準備もよろしく。
追伸:僕たちも一緒に帰るから。色々と丸投げして逃げた事、怒らないでね。
国王 太郎より』
「……よし、送信!」
太郎が手紙に魔力を込めると、それは眩い光の鳥となって空へ舞い上がり、海の彼方、マンルシア大陸へと飛んでいった。
「さて……手紙を読んだマルスが、過労で泡を吹いて倒れてなければいいけど」
太郎は苦笑いしながら首を掻いた。
こうして、大陸を股にかけた「エルフ族大移動」という、歴史に残る一大プロジェクトが動き出した。
帰る場所は、かつて重圧に耐えかねて逃げ出したあの国。
太郎にとっても、これは「王」としての責任に向き合い、新たな家族と共に凱旋する、大いなる帰還の旅となるのだった。




