EP 20
国王の休日、ギルドマスターの胃痛、そして妻たちの雷
エルフ族の移住という歴史的大事業を終え、太郎たちは懐かしき『太郎国(旧デルン王国)』へと帰還した。
前回の「重圧からの夜逃げ」という大失態の反省を踏まえ、太郎はある一つの天才的な結論に達していた。
「僕が政治をやるからストレスが溜まるんだ。なら、できる人に全部任せればいい!」
その結果、有能すぎる家令(現在は宰相)マルスに「全権委任」という名の実質的な丸投げを行い、太郎は「象徴としての国王」というお気楽なポジションに収まることに成功した。
マルスは「私をそこまで信頼してくださるとは! 仕事が増えた!」と歓喜の涙(?)を流して執務室に籠もり、太郎には莫大な暇な時間ができた。
「……暇だ」
城の中庭の芝生で大の字に寝転がりながら、太郎はポツリと呟いた。
平和なのは良いことだが、元来が根っからの冒険者気質である。体がウズウズして仕方がない。
「そうだ。ヒブネ、ちょっと出かけようか」
「お供します。どちらへ?」
「冒険者ギルドへ。リハビリも兼ねてね」
――太郎国の冒険者ギルド。
かつて太郎が冒険者として依頼を受けていた、汗と酒の匂いが染み付いた懐かしい場所だ。
王族であることを隠すため、フードを目深に被った太郎とヒブネがカウンターに近づくと、ギルドマスターが目を丸くして奥から飛び出してきた。
「た、太郎さん!? いや、国王陛下!? 何故冒険者ギルドなんかに!?」
ギルドマスターのヴォルフは、慌てて周囲を見渡し、声を潜めた。一国の王がこんな場所にふらりと現れては、大騒ぎになる。
ちなみに彼は、元S級冒険者であり、ライザの愛すべき実父である。
「いやぁ、お義父さん。ちょっと暇でさ、息抜きに」
太郎はニカっと笑って、ヴォルフを「お義父さん」と呼んだ。
「か、勘弁してくださいよ!? 陛下に万が一のことがあったら、娘に殺されます! それにマルス宰相にも大目玉を食らいますぞ!」
屈強な元S級冒険者であるヴォルフが、頭を抱えて胃の辺りをさすっている。娘の怪力を一番よく知っているのは彼なのだ。
「大丈夫だって。サバラー大陸帰りで腕を上げたヒブネも居るし、簡単な依頼しか受けないからさ」
「簡単な依頼って……」
「これこれ。『ゴブリン討伐』。これなら安全でしょ?」
太郎は依頼ボードから引っ剥がしてきたFランクの依頼書をヒラヒラとさせた。
「はぁぁぁぁ……。分かりました。ですが、護衛は厳重にお願いしますよ……」
ヴォルフは寿命が縮む思いで深い溜息をつき、しぶしぶ依頼書にハンコを押した。
――街の近郊の森。
久々のゴブリン討伐は、もはや戦闘とも呼べないただの「作業」ですらなかった。
「ギャギャッ!」
「そこです」
ヒブネが槍の石突きで軽く小突くだけで、ゴブリンたちはボールのように空を飛んでいく。
太郎に至っては、100円ショップのスキルで取り出した『強力水鉄砲(リュック型タンク付き)』でシュワァァァッと冷水を浴びせ、ゴブリンが「ヒィッ! 冷たっ!」と怯んだ隙に、ヒブネが縄で縛り上げるという、完全な水遊び感覚だった。
「ふぅ、終わった終わった。いい運動になったね」
「えぇ。体も少し軽くなりましたね」
二人はギルドで報酬の小銭(銅貨数枚)を受け取り、太郎がスキルで出した『ソフトクリーム(バニラ味)』を舐めながら、意気揚々と城へ帰還した。
「ただいまー。いやぁ、良い汗かいた!」
太郎が上機嫌でリビングの扉を開けた、その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
室内には、重力が数倍に跳ね上がったかのような、重苦しく息の詰まるプレッシャーが充満していた。
正面には、腕を組んで仁王立ちするサリー。
その隣で、チャキッ……と剣の柄に手を置き、冷たい視線を送るライザ。
二人の背後には、不動明王のようなドス黒い怒りの炎がメラメラと見えている気がした。
「あ、あれ……? サリー? ライザ?」
「太郎様!? 今までどちらにいらしたのですか!?」
サリーが、絶対零度の氷のような笑顔で詰め寄る。
「ヒブネさんと二人きりで、どちらへ? まさか、私達の知らないところで……」
ライザが剣を鞘からカチャリと少し抜いた。
浮気か、抜け駆けか。どちらにせよ完全有罪の恐ろしい空気が漂う。
「ち、違うんだよ二人とも! これは、その、ギルドで依頼受けて、ただのゴブリン退治に! な、なぁヒブネ!?」
太郎は必死にヒブネに助けを求めた。
ヒブネは冷静に、そして事実のみを頷いて答えた。
「左様ですわ。太郎様の運動不足解消に、ゴブリン狩りにお付き合いしたまでです」
その言葉を聞いて、二人の表情が一変した。
怒りのベクトルが、「浮気の疑い」から、強烈な「嫉妬」へと切り替わったのだ。
「ずる~い!? 太郎様達だけで、そんな楽しい事を!」
サリーがプクッと頬を膨らませて、床をドンッと地団駄で踏み抜いた。
「私達も、毎日王宮の公務や育児で肩がバキバキに凝っているんですのよ!? たまには思い切り体を動かして、魔物をなぎ倒したい気分でしたのに!」
ライザも悔しそうに唇を噛む。
彼女たちにとって、魔物退治は最高のリフレッシュであり、最大のストレス発散なのだ。それを自分たちだけ置いていかれたことが、何よりも許せなかったらしい。
「えぇ……そっち!?」
太郎は再び拍子抜けしたが、妻たちの恐ろしい気迫に押され、すぐに居住まいを正した。
「わ、分かった! ごめん! 次からは絶対に一緒に、なっ! な!?」
「本当ですね? 次は家族みんなで、ドラゴン退治くらい行きましょうね!」
「えぇ。久しぶりに全力で暴れて、大技をぶっ放したい気分ですわ」
「(……ドラゴンは勘弁してほしいなぁ)」
太郎は引きつった笑みを浮かべつつ、妻たちの機嫌を完全に取るために、その夜は100均の高級食材をフル活用した『特上フルコース料理』を泣きながら振る舞うことになるのだった。
国王になっても、伝説の英雄になっても、太郎の家庭内ヒエラルキーが一番下であるという運命は、決して変わらないようである。




