EP 6
魔王復活の儀式、鮮血のデーモンロード
エルフの里を出て、数日後。
太郎とヒブネは、周辺で最も大きな人間の街『ログ』の裏路地に潜伏していた。
酒場の噂話や、裏社会に流れる情報の断片を、太郎のスキル(100均の『フェイク金塊』や『偽造宝石』で裏の商人を釣る金に物を言わせた情報収集)で繋ぎ合わせた結果、戦慄の事実が判明した。
「奴隷として売られているのではありませんでした……」
薄暗い路地裏で、情報を持ち帰ったヒブネが青ざめた顔で報告する。
「この街の地下には、強大な魔族が潜んでいます。彼らはエルフの高い魔力を利用し、かつてこの大陸に封印された**『魔王』**を復活させるための生贄として、同胞たちを攫っていたのです」
「魔王復活……!? 生贄だって!?」
ただの金儲けよりも遥かにタチが悪い。狂信的なカルト儀式のために、罪のない命が今まさに奪われようとしているのだ。
一刻の猶予もない。
「太郎様。私が囮になります」
ヒブネが強い決意を込めた瞳で言った。
「正面から乗り込めば、人質にされた同胞が真っ先に殺されるかもしれない。私が捕まってアジトの最深部に入り、内側から暴れます。その混乱の隙に、太郎様が同胞の救助を」
「……分かった。危険すぎる賭けだけど、確実なのはそれしかない。必ず助けるから、絶対に無茶はしないでくれよ」
作戦通り、ヒブネはわざと路地裏を歩き、魔族の末端のゴロツキたちに捕まった。
彼女は抵抗する素振りを見せつつも、魔法を封じる手錠をかけられ、地下水道の奥にあるアジトへと連行されていく。
太郎は気配を完全に消し、100均の『暗視ゴーグル』を駆使しながら、少し距離を開けて追跡を続けた。
――辿り着いたのは、地下深くに広がる、おぞましいほど巨大な儀式の間だった。
血生臭い空気が充満し、中央の巨大な石の祭壇には、禍々しい赤黒い光を放つ魔法陣が描かれている。
「ひひっ、また極上のエルフが手に入ったぞ」
「こいつの膨大な魔力なら、魔王様の復活のための極上の糧になるぜ」
下卑た笑い声を上げる魔族たち。
その奥の薄暗い壁際には、冷たい鉄格子に閉じ込められ、傷つき、怯えきっている数名のエルフたちの姿があった。
「さぁ、満月の時刻だ! 儀式を始めろ! その女の喉を裂き、聖なる血を魔王様に捧げよ!」
魔族の幹部らしき、黒いローブを纏った男が高らかに叫ぶ。
ヒブネが乱暴に祭壇に押し倒され、処刑人の持つ巨大な大鎌が、無慈悲に振り上げられた。
エルフたちが悲鳴を上げ、目を背ける。
(今だ……!)
暗闇の天井付近の梁に潜んでいた太郎が動いた。
『雷霆』を引き絞り、狙いを定める。標的は魔族ではない。
ヒュンッ!!
鋭い風切り音と共に放たれた矢は、ヒブネの両手を拘束していた魔法封じの手錠の鎖を、ピンポイントで射抜いた。
カキンッ!!
「なっ!? 鎖が切れた!?」
魔族たちが動揺する一瞬の隙。
太郎はアイテムボックスから、預かっていたヒブネの愛槍を取り出し、渾身の力で投擲した。
「ヒブネ!!」
「はいッ!!」
ヒブネは宙を舞う白銀の槍を、ガシッと空中で掴み取った。
拘束から解き放たれ、武器を手にした彼女の瞳には、森の民の気高さと、鬼神の如き怒りが宿っていた。
「よくも……よくも罪なき同胞たちを!!」
ヒブネが槍を頭上で激しく旋回させる。
「風の精霊よ! 我が怒りを力に変えろ! 『ギガ・トルネード』!!」
ゴォォォォォォォォォォッ!!
狭い地下空間に、全てを薙ぎ払う巨大な竜巻が発生した。
下っ端の魔族たちが木の葉のように空中に巻き上げられ、岩壁に叩きつけられて次々と絶命していく。
「し、死ねえええええええ!!」
ヒブネは鋭い叫びと共に、祭壇の上にいる魔族幹部へと肉薄した。
神速の突き。
ズドォッ!!
「ガハッ……!?」
白銀の槍が、幹部の心臓を正確に、深く貫いた。
勝負あり。誰もがそう思った。
「オノレェェ……! 下等ナ人間ト、エルフ風情ガァァ……!!」
しかし、心臓を貫かれた幹部は死ななかった。
彼は口からドス黒い血を吐きながらも、不気味に、そして狂気的に笑った。
「我ガ命尽キルトモ……魔王様ノ復活ハ止メラレン……!!」
幹部は呪文を唱えると、周囲に転がる下っ端魔族の死体から立ち上る血と怨念を、自らの体へと掃除機のように吸収し始めた。
「な、何だ!?」
ヒブネが槍を引き抜き、危険を感じて大きく後退する。
幹部の体が風船のように膨れ上がり、ローブと皮膚が裂け、どす黒い筋肉と巨大な角が生えた異形の巨人へと変貌していく。
魔族の上位種への進化。Aランクを超える災害指定クラス、**『デーモンロード』**の誕生だった。
「グオオオオオオオオオッ!!」
咆哮だけで、地下空間の空気がビリビリと震え、岩盤にヒビが入る。
その圧倒的な魔力と威圧感に、檻の中のエルフたちが絶望の悲鳴を上げた。
ヒブネも槍を構え直すが、その手は死の恐怖で僅かに震えている。
「くっ……! こいつ、再生した上に規格外に強くなっている……!」
絶体絶命の危機。
だが、その絶望の喧騒から一歩引いた暗闇の中で、太郎は静かに立ち尽くしていた。
彼は、巨大化したデーモンロードを見てはいなかった。
彼が見つめていたのは、鉄格子の向こう側。
服は破れ、体には暴力の痕があり、恐怖でガタガタと震えながら、互いに身を寄せ合っているエルフたちの姿だった。
「…………」
太郎の目から、光が消えた。
温厚で心配性なパパの顔でも、陽気な冒険者の顔でもない。
かつて国一つを滅ぼしかけた魔神王を葬った時の、冷徹で、底知れない「英雄」の顔が、そこにあった。
太郎がゆっくりと、神話級の弓『雷霆』に手をかけた。
静かなる、絶対的な激怒が、地下空間を支配しようとしていた。




