EP 14
太陽と月、新たな命の輝き
エルフの里、太郎たちの住むツリーハウス。
そのリビングは、かつてないほどの異様な緊張感に包まれていた。
国を滅ぼしかけた魔神王との決戦の時でさえ、これほど張り詰めた空気ではなかっただろう。
「……僕に、出来る事は無いかな? お湯を沸かすとか、タオルを洗うとか……そうだ、100均で『除菌ウェットティッシュ』を大量に出して……」
「お湯もタオルも、もう十分すぎるほど運び込みました。除菌ティッシュも山積みです。太郎様、少々落ち着いて下さい」
ヒブネが静かにハーブティーを淹れながら、呆れたように言った。
太郎はリビングを檻に入れられた熊のように、ウロウロと歩き回っている。
座ったかと思えばすぐに立ち上がり、寝室のドアを食い入るように見つめ、また座る。
「う、うん……。分かってるんだけど……」
じっとしていられない。
奥の部屋では、サリーとライザが今、命がけの戦い(出産)に挑んでいるのだ。
どんな強敵が現れても100円グッズと機転で薙ぎ払ってきた太郎だが、命の誕生という神秘の前では、自分の無力さが歯がゆくてたまらなかった。
「太郎様がここで慌てても仕方ないでしょう? ドッシリ構えて信じて待つのも、父親の最初の仕事ですよ」
「そ、そうだけど……! もし何かあったら……!」
「大丈夫です。里一番のベテラン産婆と、優秀な治癒魔法使いがついています。それに、何よりあの『最強のお二人』ですよ? 負けるはずがありません」
ヒブネの力強い言葉に、太郎は少しだけ肩の力を抜いた。
そうだ、彼女たちは強い。誰よりも強く、そして優しい僕の妻だ。信じて待つしかない。
時計の針の進みが永遠のように遅く感じられた、その時。
「オギャアアアアア!!」
「フギャアッ! オギャアッ!」
力強く、生命力に満ち溢れた産声が、二つ重なって響き渡った。
「ッ!!」
太郎が弾かれたように顔を上げる。
ガチャリとドアが開き、汗を拭いながら年配のエルフの産婆が出てきた。
彼女は、満面の笑みを浮かべていた。
「おめでとうございます、太郎様。無事に……お二人とも、お生まれになりましたよ」
「!!」
太郎は返事も忘れて、寝室へと駆け込んだ。
「サリー! ライザ!」
部屋に入ると、神々しい光景が目に飛び込んできた。
ベッドの上、汗で髪を濡らし、荒い息をつきながらも、聖母のように優しく微笑む二人の妻。
そして、その腕の中に大事に抱かれた、小さな小さな命。
「太郎様……。元気な、女の子ですわ」
サリーが愛おしそうに、小さな包みを抱き寄せる。
その中には、サリーに似た色の薄い栗色の髪をした、愛らしい赤ん坊が目を固く閉じて泣いていた。
「男の子ですわ……。太郎様似の、とても凛々しい子です」
隣のベッドで、ライザももう一つの包みを優しく揺らす。
そこには、元気に手足をバタつかせ、すでに力強さを感じさせる男の子がいた。
「あ……あぁ……」
太郎の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
近づいて、ベッドの間に膝をつき、震える両手で二人の妻の頭と、小さな赤ん坊たちの頬をそっと撫でる。
「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう! よく頑張ってくれたね……!」
言葉にならない。
ただひたすらな感謝と、胸が張り裂けそうなほどの愛しさだけが心を埋め尽くす。
ヒブネも静かに部屋に入り、その美しすぎる光景に目を細めていた。
「ふふ、感動の対面ですね。……ですが太郎様、大事な仕事が残っていますよ」
「え?」
「お名前を付けませんと。この子達への、最初のプレゼントです」
「名前……」
太郎は涙をゴシゴシと拭い、二人の子供の顔を交互に見つめた。
数ヶ月間、散々悩み、字画を調べ、画数でパニックになり、考え抜いた名前。
でも、この子達の顔を見た瞬間、そんな迷いは全て綺麗に消え去っていた。
太郎は深呼吸をして、真っ直ぐに妻たちの目を見て告げた。
「女の子は……『陽奈』。男の子は……『月丸』だ」
「ヒナ……ツキマル……」
サリーとライザが、その響きを口の中で優しく転がす。
「陽奈……。暖かくて、優しい響き……。とっても可愛い名前ですわ」
「月丸……。強くて、神秘的な響き……。ありがとうございます、太郎様。この子も喜んでいます」
ライザの腕の中で、月丸がピタリと泣き止み、キャッキャと小さな声を上げた。
「どういう意味なのですか?」
ヒブネが尋ねると、太郎は窓の外を見上げた。
そこには、昼間の澄み切った青空(太陽)と、うっすらと白く浮かぶ月が同居していた。
「『太陽のように、周りを暖かく照らして笑顔にする子になってほしい』。そして、『月のように、暗闇の中でも人が迷わない道しるべのような子になってほしい』。……そんな願いを込めたんだ」
「太陽と、月……。素敵です」
サリーが陽奈の柔らかい頬にキスをする。
ライザが月丸の小さな手を、そっと自分の指で握る。
「陽奈、月丸。パパがくれた、世界で一番の名前だよ。二人とも、立派に育つのよ」
エルフの里のツリーハウス。
暖かな木漏れ日が差し込む部屋で、新たな家族の物語が産声を上げた。
100円グッズで世界を救った勇者改め、二児のパパとなった太郎の、賑やかで最高に幸せな第二章は、ここからが本番である。




