EP 12
夕陽に染まる稲穂と、二つの奇跡
「うおおおおおっ! うまい! うますぎるぞぉぉ!!」
「このピリッとした辛さが、肉の脂と絡み合って最高じゃ! コメが進んで止まらんわい!」
夕暮れ時のエルフの里。
中央広場では、Aランク災害級魔獣『カラミティ・ボア』の丸焼きBBQと、収穫したての新米で作った大量の塩むすびを囲み、前代未聞の大宴会が開かれていた。
ハバネロソースで下味(?)がつけられた魔猪の肉は、サリーの完璧な火加減により、外はカリッと香ばしく、中は驚くほど柔らかくジューシーに焼き上がっていた。
辛味成分は熱で程よいスパイシーさに変化し、それが豚肉の強烈な旨味を引き立てている。
「太郎さん……! 貴方は本当に、神の使いか何かですか……!?」
ヒブネが、顔の半分ほどもある巨大な骨付き肉を両手で持ちながら、涙ぐんで僕を見た。
「絶体絶命のピンチを救ってくれただけでなく、こんな信じられないほど美味しいご馳走まで振る舞ってくれるなんて。……私、一生太郎さんについて行きます!!」
「えっ、あ、うん。これからもパーティーメンバーとしてよろしくね」
「はいっ! 剣にも魔法にも、そして料理の腕でも到底及びませんが、この命に代えても太郎さんをお守りします!」
忠犬のように目をキラキラさせるヒブネ。
そんな彼女の背後から、サリーとライザがスッと現れた。
「ヒブネさん。太郎様をお守りするのは私達『妻』の役目ですわ。貴女は自分の身をしっかり守ってくださいね?(ニッコリ)」
「えぇ、太郎様の隣は私達の指定席ですからね。抜け駆けは許しませんよ?(ニッコリ)」
「ヒッ……! も、もちろんです、奥様方!」
最強の妻たちからの恐ろしいプレッシャーに、ヒブネが直立不動で震え上がった。相変わらず、僕の妻たちは僕への愛が重い。
――宴もたけなわとなり、エルフたちが満腹でバタバタと倒れ(寝て)いく中。
僕は、サリーとライザを連れて、黄金色に輝く水田のあぜ道を散歩していた。
夕陽が稲穂を照らし、風がサワサワと心地よい音を奏でている。
異世界に来て、右も左も分からないまま走り続け、気付けば王様になり、逃げ出して、そして今はこうして静かで平和な時間を過ごしている。
「ここに来て良かったよ。ヒブネさんのおかげで、やっと落ち着けた気がする。お米も味噌もあるしね」
僕が穏やかに微笑むと、隣を歩く二人の足が、ピタリと止まった。
「……太郎様」
「太郎様……」
振り返ると、サリーとライザが少し俯き気味に立っていた。
夕陽の逆光で表情は見えにくいが、二人とも頬をリンゴのように赤く染め、両手を前でモジモジと組み合わせている。
「ん? どうしたの? 二人とも」
僕は首を傾げた。
(もしかして、あの巨大な魔猪肉を食べてもまだお腹が空いたのかな? それとも明日の朝ごはんのリクエスト?)
サリーが意を決したように顔を上げ、潤んだ瞳で僕を真っ直ぐに見つめた。
「あのね……太郎様。……出来ちゃったの」
「え?」
「私もです……。太郎様」
ライザも恥ずかしそうに、しかし慈愛に満ちた顔で、自分のお腹にそっと手を当てた。
「え!? な、何が? サリー、また新しい全属性の合成魔法を開発したの? ライザは新技?」
僕がまだ事態が飲み込めずキョトンとしていると、サリーはふるふると首を振り、少し拗ねたように、でも最高に幸せそうに笑った。
「違いますよぉ……。赤ちゃん、です」
「……えっ」
時が止まった。
風の音も、虫の声も、遠くから聞こえるエルフたちの寝息も、すべてが遠ざかっていった。
「産まれるんです。……私達と、太郎様の赤ちゃんが」
ライザの言葉が、僕の脳内にゆっくりと、だが確かな熱を持って染み渡っていく。
赤ちゃん。子供。
僕の血を引く、新しい命。
「えぇッ!? ほ、本当かい!?」
僕の声が裏返った。
「はい……。昨日、ヒブネさんに精霊の力で診てもらったら、間違いないって……」
「二人同時に授かるなんて……流石は私達の太郎様ですわ」
二人が愛おしそうにお腹をさする。
その瞬間、僕の胸の中に、言葉にできない感情がビッグバンのように爆発した。
喜び、驚き、責任感、そして、二人への深く、果てしない愛情と感謝。
「やった……! やったぁぁぁぁぁぁっ!!」
僕は叫びながら、二人を同時に両腕で力強く、けれど壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「ありがとう! ありがとう! 二人共!」
「きゃっ、太郎様、苦しいですぅ」
「ふふっ、そんなに喜んで頂けるなんて……私達も幸せですわ」
「嬉しいよ! 嬉しすぎるよ! 僕は……僕が、パパになるんだ……!」
僕の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
100均グッズで魔神王を倒した時よりも、数万の民衆に称えられて国王になった時よりも、遥かに、遥かに大きな感動だった。
「これからは、もっと頑張らないと……! 二人と、産まれてくる子供たちのために! 美味しい離乳食も考えなきゃ!」
「はい。頼りにしていますよ、パパ」
「私達も、世界最強の母親になってみせますわ」
夕陽が僕たち三人を――いや、五つの命を優しく、暖かく包み込む。
異世界での冒険者としての旅は、ここで少しだけお休みかもしれない。
だが、これから始まる「子育て」という名の新しい冒険は、どんな危険なダンジョンよりも大変で、どんな伝説の秘宝よりも輝かしい日々になるに違いない。
黄金色の稲穂が見守る中、僕は愛する妻たちと共に、新たな未来への誓いを立てた。
僕の武器は、不思議な『100均スキル』と、世界で一番可愛くて強い、最高の家族。
最強で、最高に美味しいスローライフは、これからもずっと続いていく。




