EP 10
豊穣の代償! 伝説の『暴食魔猪』襲来
エルフの里が「農業」という新たな喜びを知り、毎日美味しいご飯と味噌汁に舌鼓を打つようになってから数日後のこと。
「ふぅ……食後の緑茶は最高だね」
「えぇ、太郎様。こののどかな時間、本当に癒されますわ」
僕たちはツリーハウスのテラスで、収穫したばかりの新米で作った塩むすびと緑茶を楽しみながら、平和な午後を満喫していた。
眼下には黄金色に輝く美しい田んぼが広がり、泥だらけになったエルフたちが楽しそうに農作業に精を出している。完全に「異世界のDASH村」状態だ。
――ズズズズズズ……ッ!!
突如として、大地が激しく鳴動した。
湯呑みの中の茶が波打ち、ツリーハウスがミシミシと嫌な音を立てて揺れる。
「地震!? サバラー大陸にも地震があるのか!?」
「いえ、違いますわ! 太郎様、あれを!」
サリーが指差した先。森の上空を覆っていた半透明の防壁――エルフの里を外界から隠し守っていた強力な『幻惑の結界』が、まるで薄いガラスのようにパリンッ!と音を立てて砕け散ったのだ。
「け、結界が破られたじゃと!?」
下からゼフィル長老の悲鳴が聞こえる。
地響きは徐々に大きくなり、木々が次々とへし折れる轟音が森の奥から近づいてくる。
そして、土煙を上げて姿を現したのは――小山ほどもある、超巨大な「猪」だった。
全身は鋼鉄のように黒光りする硬い剛毛に覆われ、口からは大木を容易くへし折るほど巨大な二本の牙が突き出ている。そして何より恐ろしいのは、その口から「滝のようなヨダレ」をダラダラと流し、目を血走らせていることだ。
「あ、あれは……伝説の『暴食魔猪』!? なぜあんなAランクの災害級魔獣が、こんな所に!」
ヒブネが血の気を引かせて叫んだ。
「も、もしかして……」
僕は嫌な予感がして、田んぼと味噌樽を見た。
「あの魔獣は、異常な魔力と美味な匂いに惹かれて目を覚ますと言われています! 間違いありません……数十人のエルフが同時に放った『植物成長魔法』の強烈な魔力と、出来上がったお米と味噌の匂いに釣られてやってきたのです!」
豊穣の代償。
美味しいご飯を追求しすぎた結果、とんでもない食いしん坊の化け物を呼び覚ましてしまったらしい。
「ブモォォォォォォォォォッ!!」
カラミティ・ボアは、黄金色に輝く田んぼと、香ばしい匂いを放つ味噌蔵を見つけると、歓喜の咆哮を上げて突進を開始した。
「ヒィィィッ! わ、ワシらの米が!!」
「逃げろ! 踏み潰されるぞ!!」
パニックに陥り、逃げ惑うエルフたち。
「里の皆は下がって! ここは私が食い止めます!」
ヒブネが身を挺して前に出た。彼女は白銀の槍を構え、全身に風の魔力を纏わせる。
「風の精霊よ! 我が槍に集え! 『烈風・百裂突き』!!」
ヒュバババババッ!!
目にも留まらぬ速さで繰り出された無数の槍の刺突が、カラミティ・ボアの顔面を捉える。
ガキィィン!! キィィン!!
「なっ……!?」
ヒブネが驚愕に目を見開いた。
彼女の渾身の突きは、魔猪の硬すぎる皮膚に弾かれ、火花を散らすだけで傷一つ付けられなかったのだ。
「ブゴォォッ!」
魔猪が無造作に頭を振るうと、その巨大な牙がヒブネの体を薙ぎ払った。
「きゃあぁぁッ!?」
ヒブネは後方へと吹き飛ばされ、泥だらけの田んぼの中に叩きつけられた。
「ヒブネさん!!」
僕は慌ててテラスから飛び降り、彼女の元へ駆け寄る。
「くっ……申し訳ありません、太郎さん。私の力では、あの硬い皮膚を貫けません……!」
ヒブネが悔しそうに唇を噛む。
「あんな薄汚い豚、私が三枚おろしにしてやりますわ!」
「極大爆炎魔法で、跡形もなく消し炭にして差し上げます!」
ライザが剣を抜き、サリーが杖を構えて魔猪の前に立ちはだかった。
二人の目には、愛する夫が作った平和な農村を荒らそうとする輩に対する、絶対的な殺意が宿っている。
「お待ちくだされ!!」
そこで、ゼフィル長老が涙目で二人の前に立ち塞がった。
「その恐ろしい剣撃や極大魔法をあんな巨体に放てば、魔獣ごと『田んぼ』も『味噌蔵』も全て木っ端微塵に吹き飛んでしまう!! お願いじゃ、ワシらの米を守ってくれぇぇ!」
「えっ……」
「それは……困りますわね」
ライザとサリーの動きが止まった。
彼女たちの攻撃は威力が桁外れすぎるため、乱戦になれば「里の全壊」は免れない。米と味噌を守るために戦えば、米と味噌が吹き飛ぶという最悪のジレンマだ。
「ブモォォォォッ!!」
二人が躊躇している隙に、カラミティ・ボアが巨大な口を大きく開け、田んぼの稲穂を土ごと丸呑みにしようと迫り来る。
絶体絶命のピンチ。
「……もう、米は終わりじゃあぁぁ!」
長老が絶望して膝から崩れ落ちた、その時。
「諦めるのは早いよ、長老!」
僕は、100均の『アウトドア用・耐熱グローブ』を両手にはめながら、二人の前にポンッと飛び出した。
「太郎様!?」
「太郎さん、危険です! 下がって!」
「田んぼも、里も、誰一人傷つけさせない! ついでに言えば……あんな美味しそうな超巨大豚肉、消し炭にするなんてもったいない!!」
僕は不敵に笑い、空中にスキルウィンドウを全開にした。
魔法や剣が駄目なら、現代の「食の暴力」で分からせてやる。
「行くぞ! 次の宴会のメインディッシュは、極上のポークBBQだ!!」
エルフの里の命運を懸けた、前代未聞の「料理決戦」が今、始まろうとしていた。




