EP 8
朝霧の森と、味噌汁の香る革命
エルフの里での初めての朝。
ツリーハウスの窓から差し込む心地よい木漏れ日と、清らかな小鳥のさえずりで、僕は目を覚ました。
「ん……よく寝た。空気が澄んでて気持ちいいな」
僕は大きく伸びをして、テラスに出た。
森の朝は薄い霧がかかっており、少し肌寒い。こんな清々しくも冷える朝に恋しくなるのは、やはり日本の心、温かい「あの味」だ。
「そうだな……。今日の朝食は『和食』にするか」
僕は空中にウィンドウを展開し、100円ショップの食品カテゴリから次々とアイテムを取り出した。
『無洗米コシヒカリ(2合)』、『出汁入り合わせ味噌』、『乾燥わかめ』、『フリーズドライ豆腐』。
おかずには『直火焼き鮭(真空パック)』と、『だし巻き卵』だ。
「よし、炊くぞ!」
カセットコンロを2台並べ、片方の『1人用土鍋』で米を炊き始める。しばらくすると、フツフツという音と共に、お米の甘く芳醇な香りが漂い始めた。
もう一つの小鍋で湯を沸かし、乾燥わかめと豆腐を戻し、出汁入り味噌を溶き入れる。
最後に、真空パックの焼き鮭を網で軽く炙り直して、皮をパリッとさせる。
「完璧だ……」
テラスの木製テーブルに並べられたのは、高級旅館の朝食のような完璧な和定食。
味噌汁のホッとする湯気が、森の冷気の中に白く立ち上る。
「おや? 太郎さん、早起きですね」
そこへ、隣の巨木の枝から、ヒブネがひょいっと身軽に飛び移ってきた。
彼女は挨拶もそこそこに、鼻をクンクンと激しく動かしている。
「……なんと良い香りでしょう。木の実の香りとも、花の蜜とも違う……どこか懐かしく、そして猛烈に胃袋を刺激する匂いです」
「やぁ、ヒブネさんも食べるかい? ちょうど出来たところだよ」
「えっ、よろしいのですか? では、お言葉に甘えて」
起きてきたサリーとライザも加わり、四人でテラスを囲んで「いただきます」と手を合わせた。
「まずは、この茶色いスープから……」
ヒブネはお椀を両手で持ち上げ、おそるおそる味噌汁を一口啜った。
「…………ッ!!」
彼女の長い耳が、ピンッ! と垂直に立った。昨日、柿の種を食べた時と同じ反応だ。
「美味しい……! 冷えた体の芯からじんわりと温まります。絶妙な塩気の中に、海藻の風味と深いコクが……。太郎さん、この『ミソ』というのは、いったいどんな魔法の霊薬なのですか!?」
「ただの発酵食品だよ。大豆っていう豆から出来てるんだ」
「そして、この白い穀物(お米)も素晴らしいです! 噛めば噛むほど甘味が溢れてきます。焼き魚の塩気と合わせると、無限に食べられてしまいます!」
ヒブネは猛烈な勢いで箸を動かした。
エルフの食事は基本的に「生の木の実」や「干したキノコ」など、薄味で冷たいものが多い。温かくて塩気と強烈な旨味(アミノ酸)のある和食は、彼女にとって脳を揺さぶられるほどの衝撃だったのだ。
そうこうしている内に、森の様子に異変が起きた。
「なんだ、この匂いは……?」
「たまらなく良い匂いがするぞ……。腹の虫が鳴り止まぬ……」
味噌汁と炊きたてご飯、そして焼いた鮭の香ばしい匂いは、風に乗って里中に拡散していた。
木の幹の陰から、葉っぱの間から、エルフたちが一人、また一人と顔を出し始めたのだ。
彼らは皆、少し痩せこけた頬をしており、飢えた小動物のような目で僕たちの食卓をジッと見つめている。
「あ……」
僕は箸を止め、苦笑いした。
(そりゃあ、毎日木の実と生野菜だけじゃ、たまには温かくて濃い味のものが食べたくなるよね……)
「皆さん! 良かったら食べますか? たくさん作ったので!」
僕は急いで追加の味噌汁を作り、100均の『紙コップ』と『紙皿』を大量に出して、ご飯と味噌汁をよそって見せた。
「い、いいのか!?」
「人間よ、かたじけない!」
最初は長老の目を気にして警戒していたエルフたちだったが、抗いがたい出汁の香りには勝てなかった。
彼らはワラワラとテラスに集まり、配られた紙コップに入った味噌汁を受け取った。
「う、うまい!」
「なんだこれは! 涙が出るほど温かいぞ!」
「この『シャケ』という魚、皮の焦げた部分までとんでもなく美味い!」
ズルズルズルッ! バクバクバクッ!
普段は少食で上品なエルフたちが、夢中でご飯をかっこむ。
中には「おかわり!」と空の紙コップを差し出してくる子供のエルフもいた。
「すごい食欲だ……」
「ふふ、太郎様のお料理は、種族の壁を容易く超えますわね」
サリーが微笑みながら追加の味噌汁を配り、ライザも不器用ながら塩むすびを握って渡してあげている。
「長老様! 長老様も意地を張らずに、是非食べてみてください!」
ヒブネが、遠くから渋い顔で様子を伺っていたゼフィル長老に、味噌汁の入ったお椀を手渡した。
「むむっ……人間に媚びるなど、森の民の誇りが……んぐっ!? ……う、うまい!! なんだこの五臓六腑に染み渡る味わいは!!」
頑固なゼフィル長老までもが、一口飲んだ瞬間に目を見開き、味噌汁の完全なる虜になっていた。
こうして、静寂と気高さを愛するはずのエルフの里に、朝から「ズルズル(味噌汁を啜る音)」と「ハフハフ(熱いご飯を食べる音)」が大音量で響き渡るという異常事態が発生。
後にエルフの歴史書に『第一次・和食ブーム』と記されることになる、偉大なる食文化革命が到来したのだった。




