EP 4
白銀の槍と全属性、そして極上の豚しゃぶ
翌朝。
宿屋の裏手にある広場で、鋭い金属音が響き渡っていた。
「ハッ!」
「ふっ!」
ガキンッ! キィィン!
ライザの長剣と、ヒブネの白銀の槍が激しく交差する。
新メンバーの実力を知るための軽い手合わせだったが、そのレベルは冒険者ギルドの訓練枠を大きく超え、見えない火花が散っていた。
「流石ですね、ヒブネさん! 正確無比な突き、とても美しいです!」
「くっ……! ライザさんこそ、なんて重い剣撃……! それに全く隙がない!」
最初は互角に見えた。
だが、元S級冒険者であり、日々の太郎(と美味しいご飯)への愛で常に自己研鑽を怠らないライザの闘志に火がついた。
「楽しくなってきました……少し、ギアを上げますわよ?」
ライザの雰囲気がフッと変わる。
剣速が倍になり、踏み込みが尋常ではない鋭さになった。ヒブネの槍が、完全に防戦一方になり始めた。
(速い! 受けるだけで精一杯……このままでは押し切られる!)
焦ったヒブネは、奥の手を使うことを決意した。
彼女はバックステップで大きく距離を取ると、槍先に魔力を集中させた。
「風の精霊よ! 螺旋を描き敵を穿て! 『トルネード・ランス』!!」
槍の突きと共に、巨大な竜巻が放たれた。
不可視の風の刃が、ライザを切り裂こうと迫る。
だが、ライザは不敵に笑った。
「甘いですわ!」
ライザは風の流れを一瞬で読み切り、竜巻の回転に逆らうのではなく、その「隙間」を縫うようにすり抜けた。
風を衣のように纏いながら、ヒブネの懐へ一瞬で飛び込む。
「えっ――」
ピタリ。
寸止めされたライザの剣先が、ヒブネの首筋に添えられていた。
「……参りました」
ヒブネは槍を下ろし、深い溜息をついた。
ライザは剣をスッと納め、ヒブネの手を優しく握った。
「素晴らしい魔法と槍の連携でしたわ。初見であの竜巻を躱せる者は、そうはいませんよ」
「いいえ、完敗です。まさか風の道を読んで接近してくるなんて……ライザさんは一体何者なのですか」
二人は互いの健闘を称え合い、爽やかに笑い合った。
「凄いですわ~! ヒブネさんは風魔法も使えるんですね!」
見学していたサリーが、パチパチと手を叩きながら駆け寄ってくる。
「えぇ。風魔法と、あとは簡単な回復魔法を少々。エルフの嗜みのようなものです」
ヒブネが謙遜すると、僕は何気なく口を挟んだ。
「サリーだって凄いじゃないか。全属性の魔法を使える癖に」
「……はい?」
ヒブネの動きが、ピタリと止まった。
「ぜ、全属性魔法、ですか? 火、水、風、土……それに光と闇も?」
「えぇ、まぁ。一通りは使えますけど……そんな大した事じゃありませんわ」
サリーが「えへへ」と照れ笑いをするが、ヒブネは戦慄した表情で僕たちを指差した。
「い、いや! 大した事どころではありません! 一人で全属性を扱うなど、神話の大賢者か、伝説の聖女様くらいしか聞いたことがありませんよ!?」
このパーティーは一体どうなっているのか。
剣聖のような剣士に、大賢者のような魔法使い。そして、その二人の猛者を笑顔で従える、戦闘力皆無(に見える)太郎。
ヒブネの混乱は深まるばかりだ。
「まぁまぁ。細かい強さのことはいいじゃないか。仲間なんだし」
僕はヒブネの肩をポンと叩いた。
「いい汗かいたし、お腹も空いただろう? せっかくだから、ヒブネさんに僕の故郷の美味しい物を食べて貰いたいな。歓迎会も兼ねてね」
「美味しい物、ですか?」
「うん。最高のお肉料理だよ」
僕はニヤリと笑うと、空中にスキルウィンドウを展開し、100円ショップのアイテムを次々と取り出した。
『カセットコンロ』、『1人用土鍋』、『天然水(2リットル)』。
そして食品カテゴリから『豚バラ肉スライス(冷凍)』、『ゆずポン酢』、『濃厚ごまだれ』だ。
あっという間に、野外が簡易キッチンへと変貌した。
「これは……魔道具の調理器具? それに、向こうが透けて見えるほど薄いお肉……?」
「まぁ見ててよ。お湯を沸かして、昆布で出汁を取って……と」
僕は沸騰したお湯に、極薄の豚バラ肉をサッとくぐらせた。
お湯の中で肉が踊り、綺麗なピンク色の肉が、一瞬で白いフリル状に茹で上がる。
「はい、これをこのタレにつけて……ヒブネさん、あーん」
「えっ、あ、あーん……」
ヒブネは戸惑いながらも口を開け、僕が箸で差し出した肉をパクリと食べた。
「んんっ!!?」
ヒブネの目が、今日一番の大きさに見開かれた。
「な、なんですかこれ! 余分な脂が落ちた豚肉の強烈な甘味! それを引き立てる、この黒いタレ(ポン酢)の爽やかな酸味と柑橘の香り! 噛む必要がないほど柔らかく、喉を滑り落ちていきます!」
「だろ~? これは『豚しゃぶ』って言うんだ。次はこっちの茶色いタレ(ごまだれ)も試してみて」
パクッ。
「こっちはものすごく濃厚です! 擦った胡麻の香りが鼻に抜けて……お肉にタレが絡みついて、止まりません!!」
「ふふっ、ヒブネさん、いい食べっぷりですわね」
「運動の後のしゃぶしゃぶは最高ですもの。私達も頂きましょう、太郎様!」
サリーとライザもマイ土鍋とコンロをセットし(100均だから一人一つ出せる)、全員で鍋をつつき始めた。
同じ鍋(料理)を囲むことで、心の距離が一気に縮まっていく。
「(全属性魔法の使い手に、この神の如き料理を作る男……。私はとんでもない人達とパーティーを組んでしまったのかもしれない)」
ヒブネは口いっぱいに極上の豚肉を頬張りながら、この出会いに感謝しつつ、これからの波乱万丈な旅を予感するのだった。




