EP 3
銀槍の同志、そして秘密の告白
港街ガルの、荒くれ者たちで賑わう酒場。
木製のジョッキがぶつかり合う豪快な音が響く中、僕たちはヒブネを囲んでテーブルについていた。
「それじゃあ、助けてくれたヒブネさんと、僕達の新しい門出に……乾杯!」
「乾杯です!」
黄金色のエール(僕は度数の低い果実酒だ)を流し込む。
新大陸の酒は少しアルコールが強いようだが、喉越しは悪くない。
「ぷはぁ! 美味い!」
僕が一息ついたところで、ヒブネがテーブルの中央に置かれた『小皿』を不思議そうに見つめた。
そこには、僕がこっそりスキルで取り出した100均の**『柿の種(ピーナッツ入り)』と、『オイルサーディンの缶詰(ニンニク醤油味)』**が盛られている。
「太郎さん。これは……? 見たことのない三日月型の赤い木の実と、豆ですか? それにこの鉄の箱に入った小魚は、凄まじく食欲をそそる香りがしますが……」
「あぁ、僕の故郷の『おつまみ』だよ。遠慮なく食べてみて」
ヒブネは恐る恐る、柿の種を数粒口に放り込んだ。
カリッ。
「…………ッ!?」
ヒブネの長い耳が、ピンッ! と垂直に立った。
「な、なんですかこれは! 噛んだ瞬間、心地よい刺激(辛味)と醤油の香ばしさが爆発しました! しかし、すかさずこの豆をかじると、まろやかな甘味が辛さを中和して……無限に食べられてしまいます! しかもこの小魚、骨まで溶けるように柔らかく、ニンニクの風味がエールに合いすぎる……!」
真面目な顔をした美しいエルフが、目を見開いて猛烈な勢いで柿の種とオイルサーディンを貪り始めた。100円のジャンクな旨味の前に、エルフの気高さは一瞬で陥落したらしい。
「ふふっ、喜んでもらえて何よりだよ」
「す、素晴らしい珍味です……ハッ! 申し訳ありません、つい我を忘れて……」
ヒブネはコホンと咳払いをして姿勢を正した。
「それにしても、ヒブネさんはどうして冒険者に? その槍の腕前なら、どこかの国の騎士団でも引く手あまたでしょうに」
僕が尋ねると、ヒブネは真面目な顔で答えた。
「私はエルフの里を出て、武者修行の旅をしているのです。槍の道を極めるため、未知なる強敵との戦いを求めて……。それに、冒険者なら各地を回りながら、困っている人々の人助けも出来ますから」
清廉潔白。まさに正義の味方のような動機だ。
「素晴らしいわ~! 最近の若い冒険者は、お金と名誉のことばかりなのに、本当に感心です!」
サリーが目を輝かせて拍手する。
しかし、ヒブネは少しだけ目を細め、静かに、そして鋭い視線で僕たちを見据えた。
「……それにしても。貴方達は、相当にお強いですね?」
ドキリ、とテーブルの空気が変わった。
「えっ? い、いやだなぁ。僕達なんてただの商人兼、新人冒険者――」
「隠していても、私には分かります」
ヒブネは静かに、だが確信を持って続けた。
「あのゴロツキ共が絡んできた時、そちらの奥様は剣を抜かずに、素手で三人の首の骨を折る気配を放っていました。そしてもう一人の奥様からは、周囲の空間が歪むほどの濃密で破壊的な魔力を感じました。……そして太郎さん」
「は、はい」
「貴方からは全く殺気を感じないのに、その二人の猛者を従える圧倒的な『器の大きさ』を感じます。……貴方達、ただの新人ではありませんね? 良ければ、事情をお聞かせ願えませんか」
流石は武者修行中のエルフ。誤魔化しが効かない。
ヒブネの瞳に悪意はない。ただ純粋な好奇心と、強者への敬意があるだけだ。
僕は観念して、深いため息をついた。
「……分かった。正直に話すよ」
僕は声を潜め、自分たちが海を隔てたマンルシア大陸の『太郎国』の国王と王妃であること。魔神王を倒して英雄扱いされるのが辛くて逃げてきたこと。そして、ただの冒険者として美味しいものを食べながら自由に生きたいことを打ち明けた。
「……成る程。国王の地位と権力を捨てて、自由と食を求めて出奔した、と」
話を聞き終えたヒブネは、呆れたように、しかしどこかとても楽しげに笑った。
「ふふっ、変わった方々ですね。権力を欲しがる人間は星の数ほどいますが、それを自ら投げ打つとは」
「笑い事じゃないんですよぉ。どこに行っても『英雄様万歳』で、ゆっくりご飯も食べられないんですから」
僕が頭を抱えると、ヒブネは優しく微笑んで言った。
「ですが、安心してください。ここサバラー大陸までは、流石に『太郎国王』の名も顔も伝わっていませんよ。海を隔てた異国の情報など、吟遊詩人の作り話程度にしか思われませんから」
「ほ、本当かい!?」
「えぇ。ここでは貴方は、ただの『佐藤太郎』です。誰も貴方を崇めたりしません」
その言葉は、僕にとって何よりの救いだった。
「良かったぁ……! ここなら大丈夫だ!」
「本当に良かったですぅ。やっと肩の荷が下りましたわね、太郎様」
安堵の空気が流れる中、僕は一つの決断をした。
この実直で腕の立つエルフとなら、きっと良い旅ができる。
「ヒブネさん。良ければ僕達とパーティーを組みませんか? この大陸のことは右も左も分からなくて。君のような頼れる人がいてくれたら心強いんだ」
ヒブネは少し驚いた顔をしたが、すぐにライザとサリーの方を見た。
「私は構いませんが……奥様方は?」
「えぇ、大賛成ですわ。ヒブネさんとは気が合いますもの。その見事な槍の腕、是非お近くで見せて頂きたいです」
ライザがニッコリと微笑む。
「私も大歓迎です! 私達、ちょっとブレーキが壊れがちなので、真面目な『常識人枠』は貴重ですもの!」
サリーも大きく頷いた。
「(常識人枠……?)」
ヒブネは首を傾げたが、僕が差し出した手を、力強く握り返してくれた。
「分かりました。微力ながら、貴方達の旅の『槍』となりましょう。よろしくお願いします、太郎さん」
「こちらこそ! よろしく!」
こうして、新たな仲間ヒブネを加えた、新生『チーム太郎』が結成された。
真面目なヒブネが、僕たちの規格外な行動(と100均グッズの謎)に振り回されまくる日々が始まるのは、そう遠い未来の話ではない。




