EP 50
玉座より自由を! さらば太郎国、冒険の旅は終わらない
魔神王バゴールとの決戦から数ヶ月。
旧デルン王国は、民衆の熱狂的な支持と圧倒的な民意(暴力的なまでの嘆願)により、その名を『太郎国』へと改めた。
そして僕は、周囲の圧力に完全に押し切られる形で、初代国王として即位してしまった。
世界は平和になり、僕は城で愛する妻たちと幸せに暮らしましたとさ……。
――とは、ならなかった。
「決裁書類です、太郎様! 隣国との通商条約、新規河川工事の予算案、そして各領地の税収報告! 今日中に全て目を通し、ご署名をお願いいたします!」
「あ、あと……明日の昼には旧貴族院の重鎮たちとの会食が、夜には視察団の歓迎パーティーが控えております!」
「太郎様! 逃げないでください! 玉座の裏に隠れても無駄ですぞ!!」
「ひぃぃぃ……!」
アルクス城改め、王都の太郎城・執務室。
僕は文字通り、天井まで届きそうな書類の山に埋もれていた。
王の仕事は激務だった。朝から晩まで会議、署名、謁見、式典の連続。
大好きな料理をする時間も、サウナで整う時間も、海へ釣りに行く時間も、そして何より……妻たちとイチャイチャする時間すらないのだ。
「も、もう……限界だ……」
僕の目は完全にハイライトを失い、死んでいた。
「僕に国王なんて無理だ! コンビニの夜勤のワンオペよりブラックじゃないか! 僕はただ、美味しいご飯を食べて、みんなと笑って、たまに100均グッズで無双するスローライフを送りたかっただけなのに……!」
限界だった。これでは何のために異世界で頑張ってきたのか分からない。
――ある満月の晩。
城が完全に静まり返った深夜丑三つ時、僕はこっそりと豪華な寝室を抜け出した。
背中には、この世界に来た時と同じ、使い古したリュックサック。中には100均スキルの『アウトドアグッズ』と『調味料』のストックが限界まで詰め込まれている。
「すまない、マルス……。君は優秀だから、後はよしなに頼んだよ……」
僕は執務室の机に書き置き(『探さないでください。王政は君に任せます』)を残し、抜き足差し足で城の裏口へと向かった。
自由だ。この扉を抜ければ、そこには広大な世界と、名も知らぬ美味い食材が待っている。
ギィィ……。
重い裏口の扉をそっと開けた、その時だった。
「「どちらへ行かれるのですか? 陛下?」」
「ひぃッ!?」
月明かりの下、二つの影が腕を組んで仁王立ちしていた。
ジト目で僕を見下ろす、サリーとライザだ。
「サ、サリー! ライザ!」
「太郎様! 何をしてるんですか! 夜逃げですか!?」
「一国の王が、リュック一つで城を抜け出すなど……前代未聞ですわよ」
完全にバレていた。
僕は観念し、その場に膝から崩れ落ちて、綺麗な土下座を決めた。
「頼む! 見逃してくれ!」
僕は地面に頭を擦り付けたまま叫んだ。
「僕には王様なんて無理なんだよ! 自由な時間なんて無いし、肩は凝るし、大好きな君たちと一緒にいる時間もない! だから……一緒に来てくれないか!? 称号も、地位も全部捨てて、ただの『冒険者・佐藤太郎』に戻って、君たちと世界中を旅したいんだ!!」
魂の叫び。
それを聞いた二人は、顔を見合わせた。
そして――ふっと表情を緩め、悪戯っぽく笑った。
「えぇ~!? 王妃の座を捨てて、また野宿生活に戻るんですかぁ?」
サリーが呆れたように、しかしとても楽しそうに言う。
「仕方ありませんわね……。S級冒険者にして『最強の奥様』である私がいなければ、太郎様の安全と胃袋は守れませんから」
ライザが、腰に提げた長剣の柄を撫でながらウィンクした。
二人が月明かりの下に一歩踏み出す。
その姿を見て、僕はハッとした。二人が着ているのは、豪華な王妃のドレスではない。かつて共にダンジョンを潜った時の、動きやすい『冒険者の服』だったのだ。
「ライザまで!? ……もう、仕方ありませんね! 私は『無敵の奥様』ですから、何処までも付いて行きますよ!」
サリーが、僕のずり落ちたリュックを背負い直してくれた。
『ピカリも行くー! 新しい美味しいもの、食べに行くー!』
ピカリも僕の頭の上に乗っかり、元気よく飛び跳ねた。
「みんな……! ありがとう!」
僕は涙ぐんで立ち上がり、二人の妻を両腕で力強く抱きしめた。
「それに、私達も窮屈なドレスより、この服の方が性に合っていますしね」
「ええ。それに太郎様の作るお料理が、世界で一番美味しいですから。城のフレンチフルコースよりも、貴方が外で作る『塩むすび』や『イカ焼き』の方が好きですわ」
三人は顔を見合わせて、声を殺して笑い合った。
「よし! 行こう! マルスに見つかる前に!」
「ふふっ、明日の朝、マルスさんの凄まじい悲鳴が聞こえてきそうですわね」
「『太郎様ァァァ!!』ってね」
僕たちは夜陰に乗じて、城壁をひらりと飛び越えた。
見上げれば満天の星空。
王冠も、玉座も、大量の決裁書類も、もう僕の背中にはない。
「さぁ、次はどこの街に行こうか? まだ見ぬ絶品食材が僕達を待っている!」
「温泉巡りもいいですわね! 100均の入浴剤も好きですけど、本物の名湯に入りたいですわ!」
「強敵との戦いも楽しみですね。私の剣が鈍らないうちに!」
元勇者、元国王、現役最強の冒険者・佐藤太郎。
僕の武器は、不思議な『100均スキル』と、世界で一番可愛くて強い、最高の仲間たちだ。
僕らの旅は、まだまだ終わらない。
いや、ここからが本当の、自由で美味しい冒険の始まりだ。
朝焼けに染まる街道を、三つの影と小さな光が楽しげに歩いていく。
その背中は、どんな王冠や宝物よりも、眩しく輝いていた。
100円ショップの勇者 完




