EP 8
王都アルクス、100円のライターは「至高の魔導具」
幾多のトラブルを乗り越え、ゴルド商会の馬車はついに目的地へ到着した。
目の前にそびえ立つのは、見上げるほど高い堅牢な石造りの城壁。デルン王国の中央都市アルクスだ。
門をくぐると、そこは活気に満ち溢れた別世界だった。石畳の道を行き交う多種多様な種族、空をゆっくりと往来する小型の魔導飛行船、そして城壁の要所に据え付けられた高出力の魔砲。
ポポロ村の牧歌的な風景から一転、魔法技術が高度に発達した「魔導文明」の都市の姿に、太郎は口をぽかんと開けて圧倒された。
「すごい……まるで映画の世界だ……」
「ふふっ、びっくりしましたか? アルクスは大陸でも有数の大都市ですからね!」
荷下ろし場にて。
商隊長のゴルスが、革袋をチャリッと鳴らして太郎に差し出した。
「あぁ、これは世話になった礼だ」
「えっ……?」
中を覗くと、鈍い銀色の輝きと、少しの金色の輝きが見えた。銀貨と金貨だ。
この世界のレートで金貨1枚が1万円、銀貨1枚が1,000円相当だ。それがかなりの枚数入っている。
「そんな!? 頂けませんよ! 乗せてきてもらったのは僕たちの方ですし……」
「何を言ってんだ。商人はタダで貸し借りはしないぜ」
ゴルスはニヤリと笑い、無理やり太郎の手に袋を握らせた。
「護衛が手一杯の時に、お前さんが未知の武器で隙を作った。それがなきゃ誰かが死んでたか、荷が奪われてたかもしれねぇ。これは正当な働きに対する対価だ。良いから取っておきな」
その言葉には、巨大企業ゴルド商会を支える現場責任者のプライドが滲んでいた。
「……ありがとうございます、ゴルスさん」
「おう。また何かあったら俺に言いな。ゴルド商会で安くしてやるぜ」
ゴルスは片手を挙げてヒラヒラと振ると、部下たちに指示を出しながら去っていった。漢気のある背中だった。
街の中心部へ向けて歩き出した二人。
露店が並ぶ大通りは、香辛料の匂いや客引きの声で溢れている。
「とりあえず、宿を探す前に何か食べましょうか! 私、お腹ペコペコです!」
「そうだね。僕も——」
太郎が頷きかけたその時、路地裏の入り口近くで、派手な絹の服を着た恰幅の良い男が、舌打ちをしながらイライラしているのが目に入った。貴族か、裕福な商人だろう。
男の口には、ポポロ村の特産品である高級な「ポポロシガー(葉巻)」が咥えられている。
しかし、彼の手元にある『着火用の魔石』が湿気っているのか、何度こすり合わせても火花が散るだけで、一向に葉巻に火がつかないのだ。
「ええいっ、クソッ! 肝心な時にこの魔石は! これだから安物の火起こし器は役に立たん!」
その様子を見た太郎は、コンビニバイト時代の「接客業の癖」が抜けていなかったのか、無意識のうちにポケットに手を入れていた。
森でウルフから逃げた夜に使った、『100円の着火用ライター』だ。
「あの、よろしければ火、貸しましょうか?」
太郎は男に近づき、ライターを差し出した。
カチッ。
親指でスイッチを押し込むと、小さな機械音と共に、安定した綺麗な炎がポンッと灯った。
「えっ……?」
男は目を丸くした。
呪文の詠唱もない。魔石をこすり合わせる動作もない。ただの小さなプラスチックの箱から、一瞬にして完璧な火炎が生み出されたのだ。
太郎はそのまま炎を葉巻の先端に近づけ、火をつけた。
シュボッ……と心地よい音を立てて、ポポロシガーに火が灯り、紫煙がたなびく。
「ど、どうも……」
「いえ、それじゃ」
太郎が立ち去ろうと背を向けた瞬間、男の顔色が変わった。驚愕が、狂気じみた欲望へと変わる。
「ま、待てぇぇぇっ!!」
男が太郎の肩をガシィッと掴んだ。
「な、なんだその至高の魔導具は!? 無詠唱で、しかも魔力も使わずに安定した炎を出し続けるだと!? そんなアーティファクト、宮廷魔導師でも作れんぞ!!」
「えっ、いや、これはただのライターで……」
「売れ!! 金貨10枚……いや、金貨50枚(約50万円)出そう! それを私に譲ってくれ!!」
男の目が血走っている。通りを歩いていた周囲の人々も、「金貨50枚!?」という言葉に反応して、一斉に太郎の方を振り向いた。
(ヤバいヤバいヤバい!!)
経済学部生である太郎の脳内で、最大級の危険信号が鳴り響いた。
100円の使い捨てライターに50万円の価値がつく。それは「儲かる」というレベルの話ではない。現代の技術格差が引き起こす、完全な**「価値のバグ」**だ。
こんな物を一般の市場に流せば、国中の貴族や暗黒街の組織が「製造元(太郎)」を血眼になって探し出し、監禁して一生ライターを作らせる奴隷にされるに決まっている。
「す、すみません! これ売り物じゃないんで!! 行くぞサリー!」
「えっ? わわっ!?」
太郎はサリーの手を強く引くと、人混みをかき分けて路地裏へと全力で逃げ出した。
「待て! 金貨100枚だぁぁーっ!!」という男の叫び声が、遠くまで響いていた。
入り組んだ路地裏の木箱の陰。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
太郎は壁に背中を預け、心臓をバクバクと鳴らしていた。
「た、太郎さん? 急にどうしたんですか? あの箱、そんなに凄い物だったんですか?」
サリーが不思議そうに首を傾げる。彼女には、ただ火をつけるだけの道具がなぜあそこまで騒がれるのか理解できていない。
「……甘かった」
太郎は頭を抱え、深くため息をついた。
「プラスチック、ビニール、そして機械式の着火装置……この世界にはない素材と技術だ。僕の『100円ショップ』の商品は、この世界では度を越したオーパーツ(場違いな工芸品)なんだ。ゴルスさんの時もそうだけど、あんな風に人前で不用意に出したら、絶対に取り返しのつかないことになる」
力のない自分が、巨大な利権を生む道具を一人で持っている。
それは、子供が札束をぶら下げてスラム街を歩いているようなものだ。
「このままじゃ、宿をとるどころか商売なんて絶対に無理だ……。国か、悪い組織に攫われて終わる」
太郎が絶望しかけたその時、サリーがパンッ! と両手を叩いた。
「う~ん、分かりました! 一人で悩んでても仕方ないです。じゃあ、冒険者ギルドに行きましょう!」
「え? 冒険者ギルドに?」
魔物退治をする荒くれ者の集まりに、何の用があるのか。太郎は顔を上げた。
「はい! 私、アルクスのギルド長のヴォルフさんと顔見知りでして。相談に乗ってくれるかも知れません」
「ギルド長と!? サリーがか?」
「ええ。私、ヴォルフさんの娘さんのライザとは幼馴染で、よく村に遊びに来てたんです。ヴォルフさんは見た目は怖いですけど、義理堅くてとても頭の良い人ですから、きっと頼りになりますよ!」
村長の娘という肩書は伊達ではなかったらしい。サリーの交友関係の広さと行動力に、太郎はまたしても救われる思いだった。
「……分かった。ここでああだこうだ考えてても始まらないしね。行ってみよう」
「はい! こっちです!」
サリーに手を引かれ、太郎はアルクスの中心部にあるという冒険者ギルドを目指して歩き出した。
自身の厄介すぎるチートスキルと、それを隠すための「後ろ盾」を求めて。




