EP 46
無血開城と、狂気の魔神王バゴール
アルクスを出発した僕たち太郎軍の進軍は、悲壮な戦争というよりも、もはや盛大な「パレード」に近かった。
「勇者太郎様だ! 俺たちの救世主だ!」
「王都への道を開けろ! 英雄のお通りだ!」
行く先々の街や村で、民衆は歓呼の声を上げて大行列を出迎えた。
関所を守る王国兵たちは、アルクスの最新兵器と5万の大軍を見るや否や、武器を捨てて直立不動で敬礼し、城門は次々と内側から開かれていく。
誰も、僕に弓を引こうとはしなかったのだ。
「……すごいな。誰も戦おうとしない」
馬上で揺られながら、僕が呟くと、隣を行くライザが誇らしげに答えた。
「当然です。誰が好き好んで、ドラゴンをワンパンで沈める英雄と戦い、勝ち目のない死を選ぶでしょうか。それに、民は貴方の作る『美味しいご飯と平和』を望んでいるのです」
王都に近付くにつれ、事態はさらに加速した。
アルクスの圧倒的な戦力と、民意が完全に僕に向いていると知った貴族や近衛騎士たちは、我先にと財産を持って逃げ出したのだ。
蜘蛛の子を散らすように逃亡する彼らを追う必要もなく、僕たちは悠々とデルン王都へ到着。
堅牢を誇る王都の正門すらも、残っていた見張りの兵士たちによってあっさりと無血開城された。
――王宮、謁見の間。
かつては多くの臣下や貴族たちで賑わっていたその場所は、今は不気味なほどに静まり返り、冷たい空気が流れていた。
広大な広間に残っているのは、ただ一人。
玉座に座る、バゴール王だけだった。
「…………」
側近も、近衛兵も、家族さえも彼を見捨てて逃げ去った。
まさに「裸の王様」。
彼はガタガタと小刻みに震えながら、虚ろな目で入口を見つめていた。
コツ、コツ、コツ……。
静寂の中、僕の足音が響く。
扉が開き、僕はバゴール王の前に姿を現した。左右にはサリーとライザ、後ろにはマルスが控えている。
「……終わりだよ、バゴール王」
僕は静かに告げた。
「貴方の軍隊はもういない。民衆も、貴族も、貴方を見限った。……大人しく降伏してください」
「く……くく……」
バゴール王が肩を震わせた。
俯いていた顔を上げると、その目は赤く血走り、完全に正気を失っていた。
「ふざけるな……! ふざけるなぁぁぁッ!!」
王の絶叫が、誰もいない広間に木霊する。
「ワシは王だ! このデルンの絶対的な支配者だ! なぜだ……なぜどいつもこいつも、しがないド素人の冒険者上がりを崇める! ワシこそが、神に選ばれた特別な人間なのだぞ!!」
「貴方は民を見なかった。自分自身の欲求と権力しか見ていなかった。だから、みんな離れていったんだ」
僕の正論は、今の王には届かなかった。
追い詰められた鼠は、猫を噛むどころか、世界そのものを噛み砕こうとしていたのだ。
「くそぉ! おのれぇぇ! ワシだけでは死なん! 貴様らも……ワシを裏切ったこの国も、皆まとめて道連れにしてくれる!!」
バゴール王は懐から、禍々しい漆黒の宝玉を取り出した。
王家の地下深くに封印されていたという、禁忌の呪物『魔界の石』だ。
「やめろ!」
「我が魂を悪魔に捧げる! 来い! 闇の眷属よ!!」
バゴール王は狂気の笑みを浮かべ、その宝玉を自らの胸に勢いよく突き刺した。
ドクンッ!!
「ぐ、ぎゃあああああああ!!」
王の身体が内側から異様に膨れ上がり、皮膚がメリメリと裂けた。
傷口から噴き出したドス黒い霧が彼を包み込み、王宮全体が激しい地震のように揺れ始める。
豪華な王の衣装が弾け飛び、そこから現れたのは、もはや人間の姿ではなかった。
頭には山羊のような巨大な角、全身は刃のように鋭い黒い鱗と異常な筋肉の鎧に覆われ、背中からは空を覆うほどのコウモリの翼が生えている。
人の理を完全に捨て去った怪物。
神をも殺す災厄――『魔神王』の誕生だった。
「グルルルル……」
魔神王は、以前の面影など微塵もない凶悪な顔でニタリと笑った。
「ぐはははは!! 力が……絶対的な破壊の力が溢れてくるぞ!!」
その咆哮だけで、王宮の屋根が吹き飛び、謁見の間の太い柱が次々とへし折れた。
「皆殺しだぁぁぁ!! 貴様らも、裏切り者の民草も、全て俺の胃袋で喰らい尽くしてやるわぁぁ!!」
絶望的なまでに圧倒的で、邪悪なオーラ。
あまりのプレッシャーにマルスが腰を抜かしそうになる中、僕は一歩前に出た。
その手には、既に相棒である神話級の弓『雷霆』が握られている。
「……救えないな、最後まで」
僕は静かに怒りを燃やし、真っ向から魔神王を睨み据えた。
「行くぞ、みんな。ここからが本当の、最後の戦いだ!」
「はい! いつでもいけますわ!」
「えぇ、あんな醜い怪物、一刀両断にして差し上げます!」
サリーが杖を構え、ライザが名剣を抜き放つ。
英雄太郎 vs 狂気の魔神王バゴール。
国の運命を決めるラストバトルが、吹き飛んだ王宮の瓦礫の中で幕を開けた。




