EP 43
王国の裏切り、最強の「奥様」たちの決意
「巨大イカ焼き、本当に美味しかったなぁ……。またポートセーリに遊びに行こうね」
「えぇ。でも、やっぱりアルクス領の我が家が見えてくると、ホッとしますわね」
クラーケン討伐という特大の土産話(とイカの匂い)を持って、僕たちはお忍びのバカンスから意気揚々とアルクス領へ帰還した。
豪華な馬車の窓から見える領地は、今日も平和そのものだった。
ガンダフの魔導セメントで舗装された真っ直ぐな街道、整然と並ぶ清潔な集合住宅、そして遠くの広場からは『アルクスの湯』の温かな湯気が立ち上っている。
「やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ」
僕が安堵の息を漏らした、その時だ。
城の正門にて、普段はどんな時でも冷静沈着な家令のマルスが、燕尾服を乱し、顔面を真っ青にしながら馬車に向かって猛ダッシュしてくるのが見えた。
「大変です!! 太郎様ァァァ!!」
「うわっ、どうしたの? マルス。そんなに慌てて」
馬車から降りた僕に、マルスは息も絶え絶えに、しかし信じられない言葉を吐き出した。
「王都に忍ばせていた密偵から、緊急の早馬が入りました……! デルン王国軍の主力部隊が、このアルクス領に向けて進軍を開始したとの事です!!」
「なっ……!?」
場が凍りついた。
デルン王国軍。それは僕たちがかつて身を挺して守り、救ってきた国そのものだ。
「王国軍が攻めてくる!? 何故ですの!? 私達、ドラゴンやあのベヒーモスを倒して、この国を救った英雄のはずですわ!?」
サリーが信じられないといった様子で声を荒らげた。
「何かの間違いじゃないのか? マルス。僕達はバゴール王に対して、何か不敬を働いただろうか」
「……いえ。原因は、皮肉にもこの『アルクス領の急速すぎる発展』そのものかと」
マルスは悔しげに唇を噛み締めた。
「領民は潤い、経済は爆発的に回り、食糧事情も劇的に改善しました。他領からの移民も後を絶ちません。さらに、サリー様の科学魔法兵団、ライザ様のCQC特殊騎士団、そしてガンダフの作ったカノン砲……。現在のアルクスの武力と経済力は、既に王家のそれを遥かに凌駕しております」
「まさか……」
「はい。貴族院やバゴール王は恐怖したのでしょう。『このままでは、勇者太郎に国を乗っ取られる』『アルクスが独立を宣言すれば、王家の権威は失墜する』と」
疑心暗鬼と嫉妬。
英雄が力を持ちすぎた時、愚かな主君はそれを脅威とみなす。歴史上何度も繰り返されてきた、あまりにも陳腐で身勝手な悲劇が、ここでも起ころうとしていた。
「愚かな……。アルクスの発展は、税収の面でもデルン王国本国に多大な利があると言うのに」
ライザが冷たい怒りを込めて吐き捨てた。
彼女たちが魔物を倒し、僕と一緒にこの領地を豊かにしたのは、全て人々の平和と笑顔のためだ。それを「反逆の準備」と捉えられるとは、あまりにも理不尽だ。
「既に国境付近に、王立騎士団と宮廷魔導師団の主力部隊が集結しつつあります。その数、およそ3万。……太郎様、ご決断を」
マルスがその場に膝をつき、主人の判断を仰いだ。
無抵抗で降伏して武装解除し、王都の地下牢に幽閉されるか。それとも――。
僕は、スッと目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、スーパー銭湯の休憩所でフルーツ牛乳を飲んで笑うお爺ちゃんたち、サクヤのラーメンを美味しそうにすする冒険者たち、そして自分を慕ってくれる領民たちの笑顔だ。
ここで降伏すれば、彼らの「自由」と「笑顔」は奪われ、この美しく発展した街は、強欲な貴族たちに食い物にされて終わるだろう。
「……戦争なんて、したくないけど」
僕がぽつりと呟くと、左右から、柔らかくも力強い手が重ねられた。
「私は何処までも太郎様に付いて行きますよ」
サリーが優しく、しかし絶対に揺るがない瞳で微笑んだ。
「国が相手だろうと関係ありません。私は貴方の妻。……『無敵の奥様』ですから。私達の愛する家庭と街を壊す者は、科学魔法でチリ一つ残さず消し飛ばしますわ」
「私も同じ気持ちです。この剣は、太郎様と、太郎様が愛する街を守るためにあります」
ライザが剣の柄に手を添え、ふっと不敵に笑った。
「S級冒険者として、そして太郎様の『最強の奥様』として。あんな烏合の衆、全軍まとめて私がお相手しましょう」
『ピカリだって! ピカリもパパの街を守るー!』
フードから飛び出したピカリも、小さな胸を張って小さな拳を突き上げている。
家族の絆は、王国の軍勢よりも固い。
そして僕には、100円ショップの無限の力と、最高の仲間たちがいる。
「みんな、ありがとう……」
僕の心から、一切の迷いが消え去った。
僕はアルクス伯爵としての顔になり、マルスに向けて力強く命じた。
「マルス! 直ぐ様、迎撃態勢をとれ! ガンダフの魔導カノン砲部隊、サリーの魔法兵団、ライザの騎士団、アルクスの全戦力を総動員だ!」
「ハハッ! 仰せのままに!!」
「売られた喧嘩だ。……デルン王国と、一戦交える!!」
平和を愛する元コンビニ店員が、愛する日常を守るため、ついに国に対して反旗を翻した。
後にマンルシア大陸の歴史書に『アルクスの大蹂躙』と記されることになる、伝説の防衛戦が今、始まろうとしていた。




