EP 41
激闘クラーケン! 撒き餌作戦と雷龍の一撃
港町ポートセーリのギルドが手配した、分厚い装甲を持つ堅牢な大型軍船。
それに乗り込んだ僕たちは、潮風を受けながら沖合へと進んでいた。
空は抜けるように晴れ渡っているが、海面は不気味なほどに静まり返っている。
「さて……どこから来るかな」
僕は神話級の弓『雷霆』を手に、油断なく海面を見つめていた。
その時、船底からドォン! という凄まじい衝撃が伝わった。
「来ました!」
ライザが叫ぶと同時に、海面が爆発した。
ザッパアアアアアアンン!!
すさまじい水しぶきと共に現れたのは、船のマストよりも太い、赤黒くうねる巨大な触手だった。
伝説の海魔、クラーケン。
吸盤のついたその巨体が、船首にまとわりつき、軍船の分厚い木材をミシミシと締め上げ始める。
「行きます!」
ライザが甲板を蹴った。
長剣に蒼き闘気を纏わせ、うねる触手へと空中で斬りかかる。
「ハァッ!」
ガギンッ!
「くっ!? 表面の粘液が刃を滑らせる……! 威力が通りません!」
甲板に着地したライザが、忌々しそうに顔をしかめる。
クラーケンの表面を覆う分厚いヌメリが、物理攻撃の威力を分散・吸収してしまうのだ。
「ライザ! 気を付けて!」
僕は弓を構えるが、引き絞った弦を戻さざるを得なかった。
(駄目だ……! 距離が近すぎる! ここで『必殺の矢(爆発矢)』を放てば、至近距離の爆発でこの船ごと木っ端微塵になって沈没する!)
通常の矢では、あの巨体には爪楊枝で刺す程度の影響しかない。
そうしている間にも、別の触手がライザと僕を狙って海中から振り下ろされる。
「ライザ! 離れて! ……火の神よ、かの者を焼き払え! 『フレイム・バースト』!!」
サリーが杖を突き出し、援護射撃を放つ。
科学知識で収束された高熱の火炎ビームが、ライザを襲おうとした触手を正確に貫いた。
「ギュオオオオオッ!?」
水分を蒸発させられ、焼かれた痛みにクラーケンが耳障りな悲鳴を上げる。
嫌がった海魔は、大量の墨を吐き出しながら、急速に海中深くへと潜っていった。
「逃げた?」
ライザが黒く濁った海面を睨む。
「……いや、そうは思わない。船底から奇襲を仕掛けて、船ごと僕たちを沈める気だ」
僕は冷静に分析した。
海中深く潜られたら手出しができない。こちらの船が沈められるのを待つだけだ。
(考えろ……奴を海の中から引きずり出す方法を……)
その時、僕の脳裏に、昨夜の防波堤での「釣り」の記憶が蘇った。
魚は美味い餌の匂いに食いついた。なら、海の魔物だって……。
「そうだ!」
僕はウィンドウを開き、100均スキルの『釣り具・アウトドア』カテゴリから、とあるアイテムを限界まで取り出した。
「太郎様? 何を……?」
「この世界の人達や魔物は、僕の出すアイテムの『旨味』に弱い! 旨味成分は万国……いや、万魔共通のはずだ! なら魔物だって!」
僕が取り出したのは、『業務用 強力集魚用・撒き餌(アミノ酸30倍配合)』の大袋(数キロ入り)だ。
僕は袋を破り、強烈な匂いを放つピンク色の粉末状の撒き餌を、豪快に海へとばら撒いた。
「イカ焼きになりたくなきゃ、一生海に引きこもってろ! 食えるもんなら食ってみろ!!」
撒き餌が海水に溶け出し、現代科学が生み出した強烈な磯の香りと「人工旨味エキス」が、海中へと爆発的に拡散していく。
すると、数秒後。
ボコッ、ボコボコボコッ!
海面が沸騰したように泡立った。
海中に潜んでいたクラーケンが、未知の「極上の餌(アミノ酸30倍)」の匂いに完全に理性を破壊され、踊り食いせんばかりの勢いで猛浮上してきたのだ。
「!?(ウ、ウマそうな匂いだァァァ!!)」
言葉は通じないが、海魔はその醜悪な頭部と十本の触手すべてを海上に晒し、撒き餌の海域で狂ったように暴れ回った。完全に隙だらけだ。
「今だ! サリー!!」
「はいっ! 凍てつく絶対零度よ、全てを封じ込めよ! 『ブリザード』!!」
サリーが最大出力の氷結魔法を放つ。
全身を濡らして海上に飛び出していたクラーケンにとって、サリーの科学的アプローチによる超低温の冷気は致命的だった。
ピキピキピキッ……カチィィィン!!
一瞬にして巨体が氷漬けになり、クラーケンは巨大な「イカの氷細工」と化して海上に固定された。
必殺の時は来た。
僕は相棒である『雷霆』を構え、つがえた『必殺の矢』に全神経と魔力を集中させた。
「雷霆……限界まで力を貸してくれ」
『承認……限界解除……』
僕の脳内に無機質な声が響くと同時、雷霆が主の意思を汲み取り、形状を変化させる。
弓の両翼が大きく展開し、青白いプラズマがバチバチと迸り始めた。
つがえられた漆黒の必殺の矢は、弓から供給される膨大な雷のエネルギーを過充填され、紅く、熱く光り輝く。
ゴゴゴゴゴ……!
僕の周りに、雷の粒子が舞い、それらが集まって「巨大な龍」の形を成していく。
「行くぞ! 必殺! 『雷霆龍の一矢』!!」
ズバァァァァァァァァァッ!!
放たれた矢は、もはや矢ではなかった。
紅い雷を纏った巨大な雷龍となり、海上の空間を削り取りながら直進した。
雷龍は、凍り付いて身動きの取れないクラーケンをその光の顎で食い破り、巨体の中心部で大爆発を起こした。
ドガガガガガガガアアアアアアアアンン!!!
水平線の彼方まで響き渡るような轟音。
巨大な水柱とプラズマの爆炎が上がり、凄まじい衝撃波が軍船を大きく揺らす。
クラーケンの肉体は、超高熱と爆発によって分子レベルまで粉砕され、完全に蒸発した。
波が収まると、そこには何も残っていなかった。
「やったあああ!!」
「やりましたね! 素晴らしい連携、そして完璧な一撃でした!」
サリーとライザが甲板で抱き合って喜ぶ。
僕はゆっくりと弓を下ろし、何もなくなった海面をじっと見つめた。
「うん……勝ったね。街の平和は守られたよ」
しかし、僕の腹の虫がグゥ~と虚しく鳴いた。
「……でも、僕の巨大イカ焼きパーティーは無理だったかな。木っ端微塵にしすぎちゃった……」
僕はガックリと肩を落とし、甲板に膝から崩れ落ちた。
最強の一撃を持ってしまったが故の、あまりにも大きすぎる代償(食いっぱぐれ)。
港町の平和と引き換えに、僕のバカンス最大の野望は、海の藻屑と消えた……かに思われたのだった。




