EP 40
港町のギルド、S級の来訪と巨大イカ焼きの幻影
ポートセーリの最高級宿屋で、ふかふかのベッドと極上の朝食を堪能した翌朝。
僕は大きく伸びをしながら、窓から活気ある港を見下ろした。
「さて……。せっかくだからさ、この街の冒険者ギルドに顔を出してみようか」
「まぁ、太郎様ったら。バカンスに来ても冒険者としての血が騒ぐのですか?」
サリーが身支度を整えながら、クスクスと笑う。
「ふふ、良いではありませんか。訛った体を動かすには丁度いい機会かもしれません。腕が鳴りますわ」
ライザは既にやる気満々で、腰の長剣の調子を確認している。
(いや、違うんだ。海辺のギルドなら、美味い海鮮が手に入る『特殊な討伐依頼』があるんじゃないかと思っただけで……)
とは言えず、お忍び(?)のS級パーティーは、潮の香りが漂うポートセーリの冒険者ギルドへと足を運んだ。
カランカラン♪
ギルドの重い扉を開けると、そこは荒くれ者の船乗りや、海の魔物を相手にする屈強な冒険者たちで溢れかえっていた。
よそ者である僕たちが入っていくと、ギロリと値踏みするような視線が向けられるが、ライザが冷たい視線を返し、軽く闘気を漏らすと、全員がスッと目を逸らした。
カウンターに向かうと、けだるげな受付嬢が営業スマイルを浮かべた。
「はい、いらっしゃいませぇ。当ギルドは初めてですか? こちらに、代表者様のお名前のご記入を~」
「えぇっと……佐藤太郎、っと」
僕は羊皮紙にサラサラと署名し、身分証代わりのギルドカードを添えて渡した。
「はい、確認いたしますね~。……えーっと、サトウタロウ様……ん?」
受付嬢の動きが、ピタリと止まった。
彼女はカードの輝き(S級の証であるプラチナ色)と、書類の名前を二度見、三度見、いや四度見した。
「……はい? ……さ……佐藤太郎様!?」
受付嬢の声が、マンドラゴラのように裏返った。
「えっ!? あのドラゴンスレイヤーの!? ベヒーモスを討伐したアルクス領主の!? S級冒険者の佐藤太郎様ぁっ!?」
ガタンッ!!
受付嬢は驚きのあまり椅子から派手に転げ落ち、尻餅をついた。
その叫び声で、ギルド内が一瞬にして水を打ったように静まり返り、全員の視線が僕に突き刺さる。
「ギ、ギルドマスターあああああ!! 大変ですぅぅぅ!!」
彼女は髪を振り乱しながら、奥の部屋へと駆け込んでいった。
数分後。
僕たちは、ギルドの奥にある一番豪華な応接室に通されていた。
向かいには、滝のような冷や汗を拭いながら揉み手をする恰幅の良い男、ギルドマスターが座っている。
「いやはや……! こんな田舎ギルドに、今をときめく救国の英雄・太郎様御一行がいらっしゃるとは……! 事前にご連絡いただければ、レッドカーペットと軍楽隊をご用意しましたものを!」
「いやいや、お気遣いなく。ただのプライベートな旅行で遊びに来ただけですから」
僕は出されたお茶を啜りながら苦笑した。
「それで、どうせなら何か手伝おうかと思ってね。面白い依頼、ないかな?」
S級冒険者が自ら依頼を聞いてくれる。ギルドマスターにとって、これほどの僥倖はない。彼は表情をキリッと引き締め、一枚の依頼書をテーブルに出した。
「そうですねぇ……。実は現在、我々の手に余る、緊急かつ最重要案件がございまして。……『クラーケン』の討伐依頼です」
「クラーケン、ですか」
ライザがピクリと眉をひそめた。
巨大なイカやタコの姿をした伝説の海魔。海中においてはドラゴンすら絡め取って沈めると言われる、極めて厄介なモンスターだ。
「はい。ここ数日、沖に出た漁船や商船が相次いで沈められておりまして……。海の中に逃げられると手出しができず、港の機能が麻痺寸前で困っているのです」
「海の中か……。足場はどうするんですか? 私達は魔法で空を飛べますけど、戦うなら起点となる船の手配が必要ですわね」
サリーが実務的かつ戦術的な質問をする。
「はい! もちろん、こちらで最も頑丈な大型の軍船をご用意させて頂きます! それを囮として誘き出し、現れたところを英雄様のお力で叩いていただければ……!」
「海上戦か……面白い」
僕はニヤリと笑った。
ライザとサリーが真剣に作戦を練る中、僕の脳裏には、またしても「抗いがたい食欲」が鎌首をもたげていた。
(クラーケン……つまり、超巨大なイカだよな?)
僕の脳内で、クラーケンの姿が瞬時に「屋台の鉄板」へと変換される。
(あの巨大な足をブツ切りにして、鉄板でジュージュー焼いて、甘辛い醤油ダレをたっぷりと塗る……! 屋台の定番、最強の『イカ焼き』にしたら、死ぬほど食えるんじゃないか!?)
天ぷら、ラーメン、刺身ときて、次は最高のお祭りグルメだ。
想像しただけで、口の中に香ばしい醤油の匂いが広がってくる気がした。
「この依頼、受けます。街の平和と、海の安全のためにね」
「おぉぉ! 流石は英雄様! ありがとうございます! ありがとうございますぅぅ!」
ギルドマスターは涙ぐんで、テーブルに頭を擦り付ける勢いで感謝した。
まさか目の前の英雄の頭の中が、巨大なイカ焼きのことで100%満たされているとは露知らず。
「よし、ライザ、サリー。今夜の『メインディッシュ』を狩りに行くぞ!」
「はい! 大船に乗ったつもりで任せてください!」
「久々の大物、腕が鳴りますわ!」
こうして、太郎一行 対 伝説の海魔クラーケン。
港町の存亡と、僕の抑えきれない食欲を懸けた「仁義なきグルメ海上決戦」の火蓋が切られようとしていた。




