EP 36
衣はサクサク! 天ぷら選抜選手権
アルクス城の領主執務室。
書類仕事の合間、僕は窓の外を見つめながら、重いため息をついていた。
(……天ぷらが、食べたいッ!)
卵かけご飯、刺身ときて、次に僕の脳裏を支配したのは「揚げ物」の王様、天ぷらだった。
カラッと揚がった黄金色の衣。サクッという軽快な音と共に、中から溢れ出す海老や旬の野菜の旨味。それを熱々の天つゆと大根おろしで頂く……。
(しかし……天ぷらはハードルが高い!)
僕は頭を抱えた。
天ぷらは単純に見えて、技術の塊だ。衣の混ぜ具合、油の温度管理、揚げる時間。元コンビニ店員の僕が適当に作れば、ベチャベチャのフリッターか、焦げた炭になるのが関の山だ。
「だが、どうしても食べたい! 夢に出るほど食べたいんだ!」
自分で作れないならどうするか? 現代日本で培った「アウトソーシング」の考え方が、僕の頭を駆け巡った。
「そうだ……作れないなら、作れる最高の人材を雇えば良いじゃないか! 今の僕には、金も権力もあるんだし!」
「はぁ? 料理人大会……でございますか?」
呼び出された家令のマルスは、主人の唐突な提案に目を丸くした。
「うむ! アルクスは今や大陸屈指の近代都市だ。食文化の向上こそが、領地の民の幸福度を高めることに直結するんだよ、マルス!」
僕は熱弁を振るった。「大会を勝ち抜いた逸材は、城の専属料理人として高給で召し抱える。これはアルクスの『食の産業革命』だよ!」
「ま、まぁ……確かに城の料理人の増員は検討しておりましたが……」
「よし、開催だ! 大々的に告知してくれ!」
こうして、アルクス領主催『第一回 大陸No.1料理人決定戦』が華々しく開催された。
大会当日。アルクスの広場には、特設の調理場がずらりと並び、大陸中から腕に覚えのある料理人たちが集結していた。優勝賞金と「英雄の専属料理人」という名誉を求め、参加者は百人を超えた。
「さて、本戦の課題を発表する!」
審査員席に座った僕は、マイク(魔道具)を握り、立ち上がった。
「テーマは……これだ!」
僕はウィンドウから、一冊の本と大量の食材を取り出した。
本は『プロが教える 天ぷらの極意:100P』。
食材は『特選薄力粉』、『最高級ごま油・サラダ油ブレンド』、そして新鮮な海老や野菜だ。
「この本を参考に、最高の一皿……『天ぷら』を作った者を優勝とする!」
「て、てんぷら……?」
「なんだその料理は? 揚げ物か?」
料理人たちは困惑しながらも、渡されたレシピ本を必死に読み込み、調理を開始した。
しかし、戦場は阿鼻叫喚となった。
「火力が強すぎる! 焦げたぞ!」
「衣が剥がれてしまった! ただの素揚げだ!」
「ベチャベチャだ……こんなの料理じゃない!」
この世界の「揚げ物」は、厚い衣でじっくり揚げるスタイルが主流。薄い衣で素材の水分を活かしつつ蒸し揚げる「天ぷら」の繊細な技術は、彼らにとって未知の領域すぎたのだ。
僕が試食を続けるが、どれも重たかったり油っぽかったりで、首を傾げるばかり。
脱落者が続出する中、一人の参加者が静かに鍋と向き合っていた。
長い耳に、透き通るような銀髪。エルフの女性だ。
彼女は目を閉じ、油の音を聞いていた。
パチパチ……ピチピチ……。
「……今ですわ」
彼女は流れるような所作で、海老を油に滑らせた。
菜箸でパッ、パッ、と衣の花を咲かせ、絶妙なタイミングで引き上げる。その動きは、まるで魔法の儀式のようだった。
「出来ました。お召し上がりください」
彼女が差し出した皿には、芸術的なまでに美しい、淡い黄金色の天ぷらが盛り付けられていた。
「こ、これは……!」
僕はゴクリと喉を鳴らした。
箸で海老天を持ち上げる。衣がピンと立っている。天つゆに少しだけ浸し、口へ運ぶ。
サクッ……!
軽やかな音が、広場全体に響いた。
サクサクの衣を突破した瞬間、中の海老がプリッと弾け、凝縮された甘味と香りが口いっぱいに広がる。
「……ッ!!」
僕は震えた。
「衣は空気のように軽く、しかし素材の旨味を完全に閉じ込めている。油切れも完璧だ……。これだよ! 僕が求めていたのはコレだ!!」
僕は立ち上がり、万雷の拍手を送った。
「優勝! 優勝は君だ!」
おおおおおおっ! と会場から歓声が上がる。
「君の天ぷらは最高だった。名前を聞かせてもらってもいいかな?」
僕が尋ねると、エルフの女性は涼しげな顔で一礼した。
「……サクヤと申します。森を出て、各地の料理を学んでおりました。この『天ぷら』という未知の調理法……さらに極めてみたいと思いましたわ」
サクヤが薄っすらと微笑む。その神秘的な美貌に、会場中の男性陣が(僕も含めて)見惚れてしまった。
「……ねぇ、ライザ。あの方、すごく美人じゃない?」
「えぇ……。しかも料理上手。……これは強力なライバル出現ですわね、サリー」
背後からサリーとライザの、少しだけ温度の低い視線を感じた気がしたが、僕は天ぷらの美味しさに夢中で気づかなかった。
こうして、アルクス城に「天ぷらの達人」サクヤが加わり、僕の食生活は更なる「日本化」への進化を遂げていくのだった。




