EP 34
剣姫の休日、透けるドレスと乙女心
アルクス城の裏手にある、騎士鍛錬所。
そこには、口から泡を吹いて折り重なるように倒れている、精鋭騎士たちの山が築かれていた。
「いいですか! 休憩は終わりです! 立てない者は這ってでも私について来なさい!」
鬼教官ライザの容赦ない怒号が響き渡る。
彼女は騎士たちに地獄の特訓メニュー(フルアーマーでの筋トレ&実戦形式のCQC組手100本)を課した後、涼しい顔で木剣を置いた。
「ふぅ……。本日の午前の部はこれで終わりです。午後は自主練とします!」
「「「あ、ありがとうございますぅぅ……(バタッ)」」」
騎士たちが次々と気絶していくのを尻目に、ライザは颯爽と城を出て、城下町へと向かった。
しかし、その足取りはいつもの凛としたものではなく、どこか焦りを帯びていた。
(……サリーが最近、太郎様と妙に仲が良い)
先日、サリーが謎のフリフリな衣装(値札付き)を着て太郎に「すごく可愛い」と褒められたという情報を、ライザはマルス経由で耳にしていた。
あの抜け駆けは許せない。
正妻(の一人)として、私も太郎様の心をギュンッと鷲掴みにしなければ!
ライザは、サリーも訪れたという大通り裏の少し大人向けの洋服屋にやってきた。
店内を真剣な顔で見渡し……そして、「例のブツ」を発見した。
「こ、このワンピースは……全体が透けているではないか……」
ライザは震える手で、レース生地だけで作られたような、布地というより「網」に近い大胆なドレスを手に取った。
「なんと破廉恥な……。下着のラインが丸見えではないか。これが最近の流行りだというのか?」
生真面目な騎士としての貞操観念が、ガンガンと警鐘を鳴らす。
だが、乙女心の悪魔の囁きも聞こえる。『これを着れば、太郎様はイチコロよ。サリーに勝てるわよ』と。
「わ、私も……着るべきなのか……? しかし、あまりにも……むむむ……」
鏡の前でドレスを胸に当て、顔をリンゴのように真っ赤にして葛藤するライザ。
その時だった。
「泥棒よおおおお!! 誰か捕まえてー!!」
外から、女性の悲痛な叫び声が聞こえた。
「何!?」
ライザの身体が、思考よりも先に反射的に動いた。
透け透けドレスを棚に戻すや否や、店を弾丸のように飛び出す。
「このアルクスで悪事は許しません!」
逃走する小柄な男の背中が見える。ライザは地面を蹴った。
一般人には視認できないほどの速度で一瞬にして距離を詰め、抜刀することなく鞘のまま、男の後頭部へ一撃を見舞う。
「ハッ!」
ガチンッ!
鮮やかな峰打ち(鞘打ち)。泥棒は悲鳴を上げる間もなく、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「まぁ! ありがとうございます! 騎士様!」
息を切らした被害者の女性が駆け寄ってくる。
「なんてお強い……! しかも流れるような身のこなし、惚れ惚れしてしまいます! 良かったらお礼にお茶でも……」
「い、いや……その……す、すまない! 職務ゆえ!」
ライザは顔を背け、足早に立ち去った。
今は「強くてカッコいい騎士様」として同性に褒められたいわけではないのだ。「守りたくなるような可愛い女性」を目指して買い物に来ていたのだから。
そのギャップに耐えきれず、ライザは洋服屋の前に戻ってきた。
「はぁ、はぁ……。気を取り直して……もう一度あのドレスを……」
再び、あの透け透けドレスの前に立つ。
「こ、これが太郎様のハートを鷲掴みにする事に繋がるなら……。しかし、やはり下品すぎないか? 太郎様は清楚な方がお好きなのでは……?」
剣の道なら一瞬の迷いもないが、恋の道は深い迷宮入りだ。
ライザが腕組みをして唸っていると――。
「きゃあああああ!! オークよおおおお!!」
再び、今度は先程よりも遥かに深刻な悲鳴が響き渡った。
「何!? オークだと!?」
アルクスの街中に魔物が出現するなど、緊急事態中の緊急事態だ。
ライザの頭から、ドレスのことなど一瞬で吹き飛んだ。
「どきなさい!!」
群衆をかき分け、広場へ飛び出す。
そこには、森から迷い出たのか、体長2メートルを超える筋骨隆々のオークが、巨大な棍棒を振り上げて暴れていた。
「グルァアアアアッ!!」
「そこまでだ、下劣な豚め!!」
ライザは愛剣を抜き放ち、疾風のごとく肉薄した。
「剣技・瞬閃!」
ザンッ!!
交差した瞬間、オークの太い首が綺麗に宙を舞った。
あまりにも早すぎる、そして美しすぎる決着。
「す、すげぇぇぇ!! 流石ライザ様だ!!」
「一撃だぞ! なんて強さだ!」
「カッコいいぃぃぃ!! 痺れるぅ!」
街の人々から、割れんばかりの喝采が浴びせられる。
黄色い声援。尊敬の眼差し。
しかし、血振るいをして剣を納めたライザの心は、どん底まで沈んでいた。
(ち、違うんだ……。私が……好かれたいのは……こんな形じゃない……)
男勝りに魔物を一刀両断する姿ではない。
もっとこう、か弱くて、可愛くて、太郎様に「俺が守ってあげたい」と思われるような……。
「……すまないッ!!」
「えっ? ライザ様!?」
ライザは再び、称賛の声を背にして全速力で走り出した。
もはや洋服屋に戻る気力も、自分の乙女心と向き合う気力も残っていなかった。
――アルクス城、中庭。
僕がのんびりと、豊作になりそうなサツマイモ畑の手入れをしていると、猛烈な勢いでライザが走ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
肩で息をするライザ。銀色の髪は乱れ、頬は紅潮し、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「あれ? ライザ、どうしたの? まだ訓練してたの? えらいね、熱心だなぁ」
僕はてっきり、彼女が自分に課した地獄のトレーニングで走ってきたのだと思った。
しかし、その何気ない言葉が、ライザの張り詰めていた最後の理性を切った。
「違います……ッ!」
「え?」
「私が……私が『可愛い』って思われたいのは、街の人達ではありません! 太郎様! 貴方なのです!!」
ライザは涙声で叫んだ。
「サリーのように可愛くもなれない! 強くてカッコいい騎士なんかじゃなく、一人の可愛い女として、貴方に愛されたいのです!!」
不器用な剣姫の、魂の叫び。
僕はきょとんとして、それから思わず優しく微笑んでしまった。
「え? ……うん、知ってるよ。僕はライザが大好きだけど?」
「へ?」
「強くてカッコいいライザも、真面目に悩むライザも、僕の作ったご飯を美味しそうに食べるライザも、全部含めて『最高に可愛い』って思ってるし、愛してるよ。無理して、誰かの真似をして変わる必要なんてないさ」
僕にとって、ライザはそのままで十分に、いや完璧に魅力的だった。
その言葉を聞いた瞬間、ライザの目から大粒の涙がポロポロと溢れた。
「太郎様ぁ……♡」
「うわっ!」
感極まったライザが、勢いよく僕に抱きついた。
いや、S級冒険者による全力の愛情タックルだ。
「ん? んん? ぐぇっ……!」
僕はその衝撃を受け止めきれず、サツマイモ畑に勢いよくひっくり返った。
土まみれになりながらも、僕の胸に顔を埋めて「大好きです、大好きです」と繰り返す愛妻の頭を、僕は苦笑いしながらいつまでも優しく撫でてやるのだった。




