EP 33
爆誕! 魔法使いママ サリーちゃん
上下水道が完備され、石畳の道路が敷かれ、清潔な団地が立ち並ぶ。
急速に「未来都市」へと発展を続けるアルクス領。
その活気あふれる城下町へ、伯爵夫人となったサリーはお忍び(のつもり)で買い物に来ていた。
「何か……太郎様のハートをギュンッと鷲掴みするようなの無いかなぁ……」
最近、太郎は都市開発や新兵器の配備で忙しい。夫婦の時間はしっかり取れているものの、ここらで一つ、妻としての「大人の魅力」をアピールし、愛する夫をドキドキさせたい。そんな健気な乙女心の表れだった。
サリーは高級ブティックから、大通り裏の少し怪しげな大人の洋服屋まで念入りに回っていた。
「こ、これは……全体が透けているワンピース……」
サリーは手に取った、ほぼレース生地だけの布切れのような服を見て、顔を真っ赤にした。
「それにこっちは、背中がお尻のあたりまで丸見え……。せ、攻めすぎかな? 刺激が強すぎて太郎様が倒れちゃうかも」
鏡の前で自分に合わせてみるが、恥ずかしすぎて直視できない。
結局、その服をそっと棚に戻し、熱くなった頬を冷ましながら洋服屋を後にした。
「はぁ……難しいわね、大人の魅力って」
トボトボと公園の近くを歩いていると、シクシクと泣いている小さな女の子を発見した。
「え~ん、え~ん……お気に入りのボールが木にぃ……」
見上げると、かなり高い木の枝に手鞠が引っかかっている。
「どうしましょ!? 魔法で飛べば一瞬で取れるけど……」
サリーは反射的に杖を握りかけたが、家令マルスの厳しい顔が脳裏に浮かんだ。
『サリー様。貴方様は今や由緒正しきアルクス伯爵夫人です。往来でむやみに魔法を使ったり、軽率な行動はお控えください。領主の威厳に関わりますぞ!』
「私が伯爵夫人ってバレたら怒られちゃうし……」
周りには人が多い。空を飛んだり魔法を使えば一発で正体がバレる。かといって、泣いている子供を見過ごすなんて、心優しいサリーには絶対にできない。
「正体を隠して、別人として魔法を使えばいいのよね……。あ!」
サリーの視界に、先程通りがかった『子供服とパーティグッズ』を扱う店が入った。
ショーウィンドウには、子供向けのフリフリな「魔法少女」の衣装が飾られている。
「そうだわ! 変装すればいいのよ!」
サリーは猛ダッシュで店に駆け込んだ。
「い、いらっしゃいませー」
「これ! このピンクの服の、一番大きいサイズをちょうだい!」
サリーはフリフリのピンク色のドレスと、星の飾りがついたオモチャのステッキを掴み取り、試着室へ飛び込んだ。
「えぇ~い! 愛と正義の使者、魔法使いママ サリーちゃんに変身よ!」
バリバリバリ!
早着替えは、冒険者時代に培った基本スキルだ。
試着室のカーテンが勢いよく開くと、そこにはピンクのフリル地獄に身を包み、背中に小さな天使の羽根の飾りをつけたサリーが、堂々と立っていた。
「変身完了!」
「お、お客様!? ど、どうされたのですか!?」
店員がギョッとして後ずさりする。
高貴なオーラを纏った超絶美女が、突然幼児向けのコスプレをして現れたのだ。一種の狂気である。
「これ着ていくわね! お釣りはいらないわ!」
サリーは金貨が数枚詰まった袋をドン! とレジに置いた。そのオモチャの服が百着は買える金額だ。
「えっ、ちょっ……」
サリーは風のように店を飛び出した。
「お、お客様ー!! ね、値札! 背中に値札が付いてますよぉぉぉ!!」
店員の悲痛な叫びも虚しく、背中から「定価 2,980イェン(相当)」のタグをひらひらとなびかせて、サリーは現場へ急行した。
「え~ん、え~ん……」
まだ少女は泣いていた。そこへ、ピンクの疾風が舞い降りる。
「待たせたわね! 魔法使いママ サリーちゃん参上!」
ババーン! と謎の決めポーズをとるサリー。
少女は驚いて涙を止め、ポカンと口を開けた。
「あ、伯爵様の奥様だ」
「違いますー! 私は通りすがりの魔法使いママよ!」
即バレしていた。アルクスの住人で、慈愛に満ちたサリーの顔を知らない者など一人もいない。だがサリーは絶対に認めない。
「行くわよ! えーっと、呪文は……」
太郎が昔作ってくれた、異世界の即席スープのCMソング(?)を思い出す。
「チキンチキンブイヨンのブイ!」
サリーはオモチャのステッキをクルクルと回し、無駄にキラキラした光の粒子と共に風魔法を発動させた。
ふわり、とつむじ風が巻き起こり、木の枝からボールが優しく少女の手元に落ちてきた。
「ほら、ボールよ」
「ありがとう、伯爵様」
「だから違うってば! 魔法使いママ サリーちゃんよ! ママって呼んで!」
「……ありがとう、サリーちゃん」
「うっ、ま、まぁいいわ!」
少女の妙に冷めた視線に耐えきれず、サリーはその場を走り去った。
「まだ困っている人がいるかもしれないわ!」
それから数時間。
サリーはピンクのフリフリ衣装(値札付き)で街中を駆け回った。
重い荷物を持つお婆さんには「チキンブイヨンのブイ!」(身体強化魔法)。
車輪が壊れた荷車には「チキンブイヨンのブイ!」(物質修復魔法)。
道に迷った他領からの旅人には「チキンブイヨンのブイ!」(ナビゲート光点魔法)。
街の人々はヒソヒソと、しかし温かい目で噂した。
「おい、あれ伯爵夫人だよな?」
「見ろよあの背中の値札……」
「何も言うな。あれは『魔法使いママ』だ。絶対に合わせてやれ。マルス様に怒られるぞ」
「それにしても……優しいなぁ、奥様は……」
夕方。
すっかり人助けに精を出し、へとへとに疲れ果てたサリーは、こっそりと城の裏口から帰還した。
「はぁ……疲れた……。人助けも体力がいるわね。でも良い事をしたわ」
リビングの扉をそっと開けると、そこには大量の書類仕事を終え、ソファでコーヒーを飲みながらくつろいでいた太郎がいた。
「おかえりサリ……ブフォッ!?」
太郎がコーヒーを盛大に吹き出しそうになった。
目の前には、フリフリの魔法少女の格好をした愛妻がいる。しかも背中には「2,980」と書かれた値札がぶら下がっている。
「ど、どうしたの? その格好は」
「えへへ~……色々あって、ね」
サリーは恥ずかしそうに身体をくねらせ、顔を隠した。
詳しい事情は分からないが、太郎の目には、その一生懸命さと、隠しきれない素材の良さ(スタイル)が強烈に映っていた。
何より、自分に隠れてまで街の人のために何かしてあげようとした、その健気さがたまらなく愛おしい。
「……似合ってるよ。すごく可愛い」
太郎は本心から微笑み、サリーの頭を優しく撫でた。
「やだぁ! 太郎様ったらぁ♡」
サリーは顔を真っ赤にして、フリフリの衣装のまま太郎にギュッと抱きついた。
その夜、アルクス城下町では「謎の魔法少女」の伝説がまた一つ増え、酒場の格好の肴となったが、太郎がその正体を知り、さらに妻への愛を深めたことは言うまでもない。




