EP 31
鉄の咆哮、アルクス要塞化計画
アルクス城の領主執務室。
窓から平和で活気のある街並みを見下ろしていた僕の表情は、いつになく真剣だった。
魔法兵団の強化と騎士団の特殊部隊化は順調に進んでいる。
しかし、僕の脳裏には常に「あの光景」が焼き付いていた。
ソウルワイバーンの襲来。空を覆う黒い影と、燃え上がる家屋、そして逃げ惑う人々。
「そうだな……。住民の安全を完全に保障するには、今の対人・対地布陣だけじゃまだ心許ない」
騎士たちは強いが、空からの大規模侵攻や、超巨大生物の群れに対しては、どうしても剣や槍の射程に限界がある。
あんな悲劇は、二度と起こさせない。
僕は拳を握りしめ、家令のマルスと、建設・工房長を兼任するガンダフを執務室に呼び出した。
「お呼びでしょうか、太郎様」
「なんでぃ、今日はまた新しい兵器の相談か?」
二人が部屋に入ると、僕はデスクの上に一冊の本を広げた。
僕が『書籍・軍事』カテゴリから100ポイントで取り出した図鑑だ。
「これを見てくれ。タイトルは**『オールカラー 世界の火器・大砲図鑑』**だ」
「こ、これは……?」
ガンダフが分厚い手で図面を覗き込む。
そこには、鉄の筒から黒煙を上げ、巨大な弾丸を撃ち出す兵器――「大砲」の構造図と歴史が緻密に描かれていた。
「鉄の筒の中で爆発を起こし、その膨張する圧力で鉄球を遠くまで飛ばす……だと!?」
図面を読み解いたガンダフの目が、血走るようにカッと見開かれた。
「すげぇ! 魔法使いの射程外から、一方的に敵の陣地を粉砕できるじゃねぇか! なんて恐ろしく、そして合理的な殺戮兵器だ!」
「うん。この『大砲』を、アルクスの城壁と街の周囲にぐるりと配備したい。……それと、もう一つ頼みがあるんだ」
僕は真剣な眼差しでガンダフを見た。
「僕がいつも使っている『必殺の矢』。あれの火薬量と威力を、さらにスケールアップして量産して欲しい」
必殺の矢(100円ショップの爆竹の火薬と、着火オイル、そして魔石を組み合わせた複合弾)の破壊力は、ベヒーモス戦でも実証済みだ。
あれが大砲の弾として雨あられと降り注ぐ対空弾幕になれば、ワイバーンの群れどころか、ドラゴンの編隊すら撃ち落とせる。
「必殺の矢の特大弾頭に、大砲の筒か……。へっ、面白ぇ! 職人の血が騒ぐぜ!」
ガンダフはニヤリと凶悪に笑った。
しかし、横で聞いていたマルスは青ざめた顔で進言してきた。
「し、しかし太郎様! これほどの都市破壊兵器……配備となれば、デルン王国の本国が黙っておりませんぞ!」
一地方の領主が、国軍すら持っていない未知の超長距離兵器を保有するのだ。「反乱の意思あり」と疑われてもおかしくない。
「貴族院や王宮が必ず査察に来ます。政治的なバランスが完全に崩壊します!」
マルスの懸念はもっともだった。だが、ガンダフが鼻を鳴らす。
「ケッ! 構わねぇじゃねぇか。国が何と言おうと、この街に住む連中を守るのは俺達だ。王都の腰抜け共なんざ知るか!」
「ガンダフ……! 貴様、家令の私に向かって……!」
「二人とも、待ってくれ」
僕はマルスの肩にポンと手を置いた。
「マルス。責任は全部、領主である僕が取るよ。もし国が文句を言ってきたら、『これはただの大きな花火発射装置です。お祭りの準備です』とでも誤魔化して突っぱねるさ」
「花火……ですか」
「僕にとって一番大事なのは、バゴール王の顔色や貴族の機嫌なんかじゃない。この街で暮らす、皆の命だ。……頼む、力を貸してくれ」
僕の言葉を聞いたマルスは、主人の目を見て、深々とため息をつき――そして、忠臣の顔に戻った。
「……承知いたしました、太郎様。貴方様がそこまで仰るなら、私は王宮からの苦情を全て握りつぶし、視察団を書類の海で溺れさせてみせましょう」
「へっ、そうこなくっちゃな! お堅い執事殿!」
ガンダフがマルスの背中をバンバンと叩く。
「よし! 直ちに開発に取り掛かる! 太郎、お前の『火薬』とやらの見本を大量に出しておけよ!」
「よろしく頼む!」
――数週間後。
アルクス城から少し離れた、岩肌が露出した荒野。
普段は採石場として使われているこの場所は、今日、世界の軍事史が変わる瞬間の舞台となっていた。
ズラリと並んだのは、黒光りする鋼鉄の巨体――『魔導カノン砲』。
そして、空を睨むように仰角をつけた巨大な弓――『対空魔導バリスタ』。
「ガハハハ! どうでい! 俺の最高傑作、最強の防衛兵器よ!」
ガンダフが砲身を叩きながら、誇らしげに髭を揺らした。
「早速、試射を開始しましょう」
前に出たのは、鬼教官ライザだ。彼女は既に僕が渡したこの新兵器の運用マニュアルを熟読し、砲兵隊の指揮官としての顔つきになっている。
「第一砲兵隊、装填!」
「「「ハッ!!」」」
CQC訓練で異常な練度に達した騎士たちが、一糸乱れぬ動きで大砲に『特大必殺弾』を装填する。
「照準、前方の岩山! ……放てッ!!」
ライザが指揮刀を振り下ろした。
ズドォォォォォォォォォォォォン!!!
腹の底、いや大地そのものを揺るがす凄まじい重低音と共に、砲口から紅蓮の炎が噴き出した。
発射された弾丸は音速を超え、数キロ先の巨大な岩山へと着弾する。
ドガアアアアアアアアアアアアアアン!!!
閃光。遅れて、鼓膜が破れんばかりの轟音。
着弾地点を中心に、小さな太陽が生まれたかのような巨大な火球が膨れ上がった。猛烈な爆風が僕たちの頬を叩く。
「……すごっ」
黒煙が晴れると、そこには直径数百メートルにも及ぶ巨大なクレーターが出来上がっており、ターゲットの岩山そのものが跡形もなく消滅していた。
「すごい~! 大魔導士が詠唱して放つ最上級爆裂魔法『エクスプロージョン』並の威力じゃない!」
サリーが目を丸くして拍手喝采している。
魔法使いが魔力をすり減らして放つ大魔法を、魔力のない人間がスイッチ一つで連発できるのだ。もはや戦争の概念が変わる。
「次は対空迎撃のテストです! バリスタ装填!」
ライザの手は緩まない。
対空バリスタから放たれた『必殺の対空矢』が、上空に浮かべた標的の岩塊に命中し、空中で見事な爆発の花火(という名の対空砲火)を咲かせた。
「よし……! これなら完璧だ」
遠距離からは大砲で殲滅し、上空はバリスタで撃ち落とし、地上戦になればライザのCQC騎士団とサリーの科学魔法部隊が蹂躙する。
かつて街を焼かれた恐怖は、この圧倒的すぎる火力が完全に払拭してくれた。
「へっ、これだけありゃあ、ドラゴンが群れで来ても一歩も街に入れずに返り討ちだぜ!」
「えぇ。このアルクスに手を出そうとする愚か者がいれば、骨の髄まで消し飛ばして差し上げますわ」
ガンダフとライザが不敵に笑う。
僕の100円の知識と、異世界の技術が結集した結果。
アルクス領は、大陸で最も平和を愛する領主が治める、大陸で最も凶悪な「絶対不可侵の要塞都市」へと変貌を遂げたのだった。




