EP 30
鬼教官ライザの誕生、騎士団再生計画
魔法兵団がサリーの熱血指導によってめきめきと力をつけ、城のあちこちで爆発音(と歓声)が響くようになった頃。
城の優雅なテラスでは、僕とライザが遅めのランチタイムを過ごしていた。
心地よい風が吹き抜ける中、ライザは片手で僕が作ったツナサンド(100均のツナ缶使用)をつまみ、もう片方の手で本を熱心に読みふけっている。
彼女が読んでいるのは、僕がスキルで取り出した『イラストでわかる! 特殊部隊の近接格闘術(CQC):100P』と『米軍式・鬼の肉体改造ブートキャンプ:100P』だ。
「……成る程。個人の武勇や名誉にこだわるのではなく、小隊での合理的な連携、そして無駄を削ぎ落とした制圧術……。こちらの世界の騎士道剣術とは全く違う、純粋な『戦闘術』ですね」
ライザは感心したように頷き、真剣な眼差しでページをめくっている。
「あのさ、ライザ。ちょっと頼みがあるんだけど……」
僕は淹れたての紅茶を置きながら、恐る恐る切り出した。
「如何なさいましたか? 太郎様」
ライザは本からスッと目を離し、いつもの穏やかな微笑みを向けてくれる。
「うん、実はアルクス騎士団の団長から泣きつかれてさ。『魔法兵ばかり強くなって、近接戦闘を担う我々騎士団の立つ瀬がない。どうしても、S級冒険者のライザ様から直接ご指導を受けたい』って、毎日土下座の勢いで催促されてるんだ」
サリーの科学魔法改革により、魔法兵たちの鼻息がすっかり荒くなり、逆に騎士団の士気がダダ下がりしているらしいのだ。
「成る程……。構いませんよ。愛する太郎様の頼みと有れば」
ライザはパタン、と本を閉じた。
その瞬間、彼女の瞳からスッと穏やかな妻の光が消え、歴戦の『閃光の剣姫』としての鋭く冷徹な光が宿った。
「しかし……指導するとなれば、私は一切の手加減など出来ませんよ? 生半可な覚悟で挑めば、死ぬよりも辛い目に遭うことになりますが」
「あ、うん。そこは彼らの自己責任ってことで……よろしく」
僕はライザから立ち上る蒼い闘気に、思わず少し引きつった笑みを浮かべた。
食事を終えた二人は、城の裏手にある騎士鍛錬所へと向かった。
そこには、重厚な銀の鎧に身を包んだ、50名ほどの精鋭騎士たちがズラリと整列していた。
「おい、ライザ様だ……」
「すげぇ! 伝説のS級冒険者だぞ!」
「あんな細い体で、ベヒーモスの足を斬り裂いたって本当か……?」
騎士たちの間にどよめきが走る。尊敬、憧れ、そして少しばかりの侮りの視線。
ライザは彼らの前に進み出ると、腕を組み、冷徹な視線で50人を舐め回すように見据えた。
「さて……挨拶や自己紹介は無用です。ここにいる全員、まとめて私にかかって来なさい。まずは貴方たちの今の腕を見ます」
「……は?」
初老の騎士団長が、耳を疑ったように顔を上げた。
「ぜ、全員、ですか? 相手がS級のライザ様とはいえ、我々はこれでも王国騎士団に次ぐアルクスの精鋭ですが……」
「聞こえませんでしたか? 『全員』です。武器も抜いて構いません。私を殺す気で来なさい」
ライザは腰の木剣(訓練用)をだらりと下げ、完全に隙だらけの構えをとった。
「なっ……!?」
「女だと思って舐めやがって!」
「いくらS級でも、50対1で無傷で済むと思うなよ! 行くぞお前ら!」
騎士としてのプライドを傷つけられた男たちが、怒号と共に一斉に襲いかかった。
四方八方からの斬撃。逃げ場のない完璧な包囲網。
だが、ライザにとっては、彼らの動きは止まって見えるほどに――。
「遅い。そして、動きに無駄が多すぎます」
ライザがトンッ、と軽く踏み込んだ。
「剣技! 『剣舞流円』!!」
タンッ、タタンッ!!
ライザの体が独楽のように回転し、舞うような美しい足運びで、密集した騎士たちの間を紙一重でスルスルとすり抜けていく。
その軌跡に合わせて、木剣が目にも止まらぬ速さで急所――喉、手首の関節、膝裏、鳩尾――を、的確かつ無慈悲に打ち据えていく。
それは、CQCの無駄のない関節技と、彼女の神速の剣技が融合した、全く新しい近接戦闘術だった。
ドカッ! バキッ! ゴスッ!
「ぐあっ!?」
「ぎゃっ! 腕が……!」
「み、見えな……ッ!」
わずか数十秒。
暴風が過ぎ去った後には、50人の「精鋭騎士」全員が地面に転がり、武器を落として呻き声を上げていた。
「ひ、ひいいい……」
「馬鹿な……全員でかかって、一撃も、かすりもしなかった……」
圧倒的すぎる実力差。
ライザは息一つ乱さず、冷ややかな目で見下ろした。
「話になりませんね」
その一言は、鋭い刃物のように騎士たちのプライドをズタズタに引き裂いた。
「大振りの剣撃、無駄に重いだけの鎧、連携の取れていない烏合の衆。……こんな事で、アルクス領や民達、そして何より主君である太郎様をお守り出来ると思っているのですか? 貴方たちは、自分の命すら守れていない!」
「うぅ……」
誰も反論できなかった。数で勝りながら手も足も出なかった事実、それが全てだった。
「私の読んだ異界の教本に、『死中に活を求める』という言葉がありました。……いいでしょう」
ライザはふっと、ニヤリと笑った。
それは美しくも恐ろしい、完全なる「鬼教官」の笑みだった。
「私が徹底的に、死ぬ寸前まで貴方達を鍛え上げます! CQC近接格闘と、小隊単位での特殊制圧術……今日から地獄のブートキャンプを開始します!!」
騎士たちは恐怖に震え上がったが、同時に奇妙な高揚感を感じていた。
この人に着いていけば、確実に強くなれる。本物の強さを手に入れられる、と。
騎士団長が、痛む体を無理やり起こして叫んだ。
「お、お願いします! 我々をご指導ください!!」
「「「お願いします!! ライザ教官!!」」」
地面に這いつくばった騎士たちの声が、一つに揃った。
「よろしい! ではまずは基礎体力作りです! 全身鎧を着たまま、城の外周を50周! 遅れた者は夕食抜きです! 走れぇぇぇッ!!」
「「「イエッサー!!」」」
「イエッサー」という言葉の意味もわからぬまま、砂埃を上げて必死に走り出す騎士たち。
テラスからその一部始終を見ていた僕は、冷めたコーヒーを啜りながら呟いた。
「……うん。アルクスの治安は完全に安泰だね。騎士のみんなの命が持つかどうかは別として」
こうして、サリーの「科学魔法部隊」と、ライザの「特殊部隊(CQC)騎士団」。
100円ショップの本というチートアイテムによって、この世界で最強・最悪の練度を誇る領地防衛軍が、アルクスに爆誕しつつあった。




