EP 6
「私、付いて行きます!」少女の決意
翌朝。
太陽が昇りきらない薄暗い部屋の中で、太郎はひとり黙々と作業をしていた。
空中に浮かぶ半透明のウィンドウを操作し、『バッグ・トラベル用品』のカテゴリから必要なものを吟味していく。昨日の「断捨離」のおかげでポイントは潤沢にあるが、無駄遣いは禁物だ。
「まずは、荷物を入れる袋だな。この世界にあるような重い革袋じゃなくて……」
【 撥水加工・多機能リュックサック(黒・20L):300P 】
【 アルミ保温シート(静音タイプ):100P 】
【 携帯用コンパクト救急セット:100P 】
【 LEDハンディライト(電池付き):100P 】
「よし……購入」
光の粒子が集まり、太郎のベッドの上に黒いポリエステル製のリュックサックや、銀色のパッケージが次々と実体化する。
100円ショップで売られている「300円商品」のリュックだが、軽くて丈夫で、ポケットもたくさんついている。このアナステシア世界において、これほど軽量で機能的な鞄は存在しないだろう。
太郎はそこに、昨日買った缶詰の残りやペットボトルの水、そして身の回りのものを詰め込んでいった。
「……よし。これで最低限の旅の準備はできたか」
リュックのファスナーをジッパーッと閉めた、その時だった。
「太郎さん? 朝ごはん、できましたよーって……え?」
背後で扉が開いた。
朝食の呼び出しに来たサリーが、荷造りされたリュックと、出かける格好の太郎を見て、目を丸くした。
「太郎さん……何をしてるんですか? その黒い袋は?」
太郎は手を止め、ゆっくりと彼女の方に向き直った。
「うん。……サリー、僕は、この村を出ようと思う」
「えっ……?」
ガチャンッ!
サリーが持っていた木のお盆が床に落ち、乗っていた水の入ったコップが転がった。
「そ、そんな!? どうしてですか!? ずっと村に居て良いんですよ? お父さんだって許してくれたし、村のみんなだって太郎さんのこと好きになって……!」
「うん、分かってる。みんな温かいし、ここは本当に良い村だ。この数週間、すごく楽しかった。でもね……」
太郎は言葉を選びながら、自分の想いを伝えた。
「ありがたいけど、僕はこれ以上、君たちに甘えて『居候』を続けるわけにはいかない。僕は自分のこの『100円ショップ』のスキルを使って、外の世界で自立したいんだ。もっと大きな街に行って、このスキルで商売ができないか試してみたい」
「危険です!」
サリーが悲痛な声を張り上げた。
「太郎さんは戦う力がないじゃないですか! 魔法も使えないし、剣だって振れない! 森でウルフに襲われた時だって、あんなに震えてたのに……! 外にはもっともっと怖い魔物がいるんですよ!?」
「分かってる。でも、決めたんだ」
太郎の瞳は揺るがなかった。
平和主義で穏やかな彼だが、一度「こうするべきだ」と論理的に決断したら譲らない、経済学部生らしい芯の強さがそこにはあった。
サリーは唇を強く噛み締め、俯いた。
ポロポロと、大粒の涙が木の床に落ちる。
「サ、サリー……泣かないでくれよ」
「……」
「……分かりました」
「分かってくれたか。ごめんな、急に——」
「私も、付いて行きます!」
「……えっ!?」
予想外すぎる言葉に、太郎は素っ頓狂な声を上げた。
「だ、駄目だよ! 君を巻き込むわけにはいかない! 危険だって言ったのはサリーじゃないか!」
「だから……だから! 一緒に行くって言ってるんじゃないですか!」
サリーがバッと顔を上げると、その瞳には涙が溜まっていたが、それ以上の強い意志の炎が宿っていた。
「太郎さんは放っておいたらすぐ死んじゃいそうだし、世間知らずで相場も分からないから、悪い商人にすぐ騙されそうだし……! 私の『ヒール』がないと、怪我した時に危ないでしょ! 私がいないと駄目なんです!」
「いや、でも、村長になんて……」
「太郎さんの馬鹿っ! 分からず屋!」
サリーは涙を拭いながら、真っ直ぐに太郎を睨みつけた。そこには、ただの親切心や同情以上の、熱い感情が確かに存在していた。
その剣幕と、本気で自分を心配してくれている彼女の姿に、太郎はたじろぎ……そして、小さく苦笑した。
(……敵わないな)
彼女の回復魔法と、この世界の常識(知識)があれば、これほど心強いことはない。
それに何より、彼女と離れるのが寂しいと、本当は太郎自身も強く感じていたのだ。
「……サリー、ありがとう。うん、一緒に行こう」
「……はいっ! 太郎さん!」
サリーはようやく、雨上がりのような眩しい笑顔を見せた。
旅の支度を整えた二人は、村長宅のリビングへと向かった。
サンガは腕組みをして、仁王立ちで二人を待っていた。どうやら、部屋から漏れ聞こえていた会話で全てを察していたようだ。
「そうか……行くか、太郎」
「はい。サンガさん、本当にお世話になりました。命を助けていただいたこと、そして村に置いていただいたこと、一生忘れません」
太郎が深く頭を下げると、サンガは寂しそうに、しかし満足そうに頷いた。
「なに、礼には及ばん。お前さんが村のガラクタを魔法で片付けてくれたおかげで、村中がスッキリしたしな。それに、俺の腰痛を治してくれた恩もある」
サンガは歩み寄り、大きな手で太郎の肩をガシッと掴んだ。
「サリーを、頼んだぞ。あいつは少しお転婆だが、気立てのいい娘だ」
「はい。僕の命に代えても守ります」
「その言葉、忘れんなよ!」
「お父さん、行ってくるわね。たまには手紙送るから」
サリーもまた、覚悟を決めた顔で父親を見上げた。
サンガは大きな手で、娘の頭をワシワシと乱暴に、しかし優しく撫でた。
「ああ。気をつけてな。お前の選んだ道だ、好きにやってこい! ……だが、危なくなったら、いつでもこのポポロ村に帰ってくるんだぞ! 部屋は開けておくからな!」
「もう、心配性なんだから」
村の入り口。
見送りに来てくれた自警団のおじさんたちや村人たちに手を振り、二人は歩き出した。
目指すは、この大陸でも有数の大国「デルン王国」。
その中心に位置する巨大都市――中央都市アルクス。
冒険者ギルドの本部や巨大な市場があり、あらゆる種族とモノが集まる場所だ。そこなら、太郎のスキルを活かす道も、二人が生きていく術も見つかるはずだ。
「行きましょう、太郎さん!」
「ああ!」
黒いリュックサックを背負った元コンビニ店員と、木の杖を持った村長の娘。
凸凹コンビの異世界サバイバル冒険が、今ここに本格的なスタートを切った。




