EP 27
新米領主の初仕事、芋とヒヨコの革命
アルクスの街を見下ろす高台にそびえる、堅牢で美しい石造りの城――アルクス城。
かつては王族の避暑用別荘や、地方領主の居城として使われていたこの壮麗な場所が、今日から僕たちの新たなマイホーム(というより拠点)となった。
王家の紋章が入った豪華な馬車が正門をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
ずらりと整列したアルクス騎士団の兵士たち、そして数十人にも及ぶメイドや従事者たちが、一斉に深々と頭を下げて出迎えたのだ。
「「「お帰りなさいませ! 領主様!!」」」
「うわぁ……」
馬車から降りた僕は、そのあまりの迫力とプレッシャーに思わず後ずさりした。
その列の最前列には、見慣れた燕尾服の男が立っていた。
王宮執事から太郎専属の筆頭家令へと華麗なる転身(再就職)を遂げた、マルスだ。彼は水を得た魚のように、キビキビとした無駄のない所作で一礼した。
「お待ちしておりました。太郎様、サリー様、ライザ様」
「マ、マルスさん、よろしく頼むね。いきなりこんな大所帯で緊張するよ」
僕が引きつった笑顔を見せると、マルスはスッと顔を上げ、穏やかながらも極めて厳しい口調で言った。
「……太郎様。本日より『マルスさん』とお呼びになるのはお止めください。そして敬語も不要です。今の私は、太郎様にお仕えする一介の家臣なのですから。呼び捨てでよろしゅうございます」
「えぇっと……でも、僕よりずっと年上だし、なんだか申し訳ないというか……」
「威厳は言葉から生まれます。領主が家臣にへりくだっていては、下の者たちが不安になりますぞ。どうか、伯爵たる振る舞いを」
マルスの瞳には、プロの執事としての強烈な覚悟が宿っていた。
僕は居住まいを正し、一つ咳払いをした。
「わ、分かった。……よろしく頼む、マルス」
「ハハッ! この命に代えましても!」
マルスは満足げに、深々と頭を下げた。
その後、マルスの案内で広大な城内を見て回った。
王族が使っていただけあり、設備は豪華絢爛。サリーもライザも、そしてピカリも、新しい生活への期待に胸を膨らませてはしゃいでいた。
そして最後に通されたのは、城の心臓部である『領主執務室』だ。
「ここが、太郎様の新たな戦場にございます」
重厚なオーク材のデスクに、ふかふかの赤い革張り椅子。
僕は恐る恐るその椅子に座ってみた。座り心地は最高だが、アルクスの全住民の生活を背負っていると思うと、背筋が凍るようなプレッシャーを感じる。
「えぇっと……マルス。伯爵って、具体的に最初は何から始めればいいんだ?」
冒険ならダンジョンに潜ればいいが、領地経営となるとさっぱりだ。
僕は困った時の神頼み――もとい、スキル頼みで空中のウィンドウを開いた。
『書籍・実用書』カテゴリを検索する。
「あった、これだ」
僕が空間から取り出したのは、一冊の薄っぺらい本。
タイトルは**『マンガでわかる! 誰でもできる領地運営~基礎から税収アップまで~』(100P)**だ。
「何々……『まずは民達の衣食住を確保して、騎士団を強くして治安を守り、最後に税を貰って国に納めましょう』……かぁ」
僕が要約して読み上げると、マルスが感心したように深く頷いた。
「左様。まさに領地運営の基本にして、究極の奥義ですな。言葉にすればシンプルですが、実現するのは極めて難しいことです」
「衣食住、か……。やっぱり、最初は『食』だな」
腹が減っては戦はできぬ。民が飢えていては税も取れないし、街も活気づかない。
僕は再びウィンドウを操作し、『園芸・農業』コーナーと、『ペット・生き物』コーナーから、あるものを大量に取り出した。
ドサッ! ピヨピヨピヨ!
デスクの上に現れたのは、土がついた大量の「紫色の芋の苗」と、黄色いフワフワした「小さな生き物」の群れだった。
「こ、これは……!?」
マルスが目を限界まで見開いた。
「無から……生命を創り出したのですか!?」
アイテムボックスから無機物を取り出す魔法は存在するが、生きた動物を取り出すなど、伝説の高位召喚魔法でもなければ不可能だ。
「こっちは**『サツマイモ』**の苗。痩せた土地でも簡単に育てられて、収穫量も滅茶苦茶多い。主食になるし、甘くて美味しいよ。葉っぱも炒めれば食べられる万能野菜だ」
僕は苗を手に取って説明した。
「で、こっちは**『ヒヨコ』**。大きくなれば鶏になって、毎日卵を産むし肉にもなる。何より、ニワトリの糞は畑の最高に良い肥料になるんだ」
サツマイモと養鶏。
これぞ、僕が考えた「アルクス農業改革プラン」だ。
特にサツマイモは、現代日本でも飢饉を救った強靭な救世主である。
マルスは震える手でヒヨコをそっと掌に乗せ、サツマイモの苗を食い入るように見つめた。
「痩せた土地でも育つ奇跡の作物に、肥料と良質な食料(卵と肉)を永続的に生み出す鳥……。これをセットで運用すれば、アルクスの食糧事情は劇的に、いや爆発的に改善します!」
マルスの執事としての恐るべき計算能力が、瞬時にそのプランの絶大な価値を弾き出した。
「太郎様が特殊なスキル持ちとは存じておりましたが、まさかこれほどまでの『神業』をなさるとは……!」
マルスは感極まった表情で、僕を見上げた。
この主人は、剣や魔法が強いだけではない。国そのものを富ませる「力」を持っているのだ、と。
「直ぐ様、手配いたします! 城の広大な農園を開放し、この『サツマイモ』と『ヒヨコ』を徹底的に育てさせまする! アルクスの未来は光り輝いておりますぞ!」
「うん、現場の指揮は全部マルスに任せるよ。頼んだ」
『ピヨピヨ!』
『ピカリもお世話するー! ごはんあげるー!』
こうして、新米領主・佐藤太郎の型破りな統治は、強権的な政治でも武力による制圧でもなく、100円の「芋」と「ヒヨコ」から、平和裏に始まったのである。




