EP 26
アルクス伯爵誕生! カレー流通を守れ
デルン王宮、謁見の間。
荘厳な空気が張り詰める中、ふかふかの赤絨毯の上を歩いた僕たちは、玉座に座るバゴール王の御前へと進み出た。
「おぉ、良く来てくれた! 勇者太郎殿!」
玉座のバゴール王が、破顔一笑で出迎えた。
前回、僕が作った100均のレトルトカレーを汗だくでかき込んでいた時とは違い、今日は立派な王冠を被り、王としての威厳を漂わせている(カレーの記憶が強すぎて、僕には食いしん坊の気のいいおっちゃんにしか見えないが)。
「どうも、ご無沙汰してます」
僕が軽く頭を下げると、僕のフードからピカリがひょっこり顔を出した。
『オッス! 王様! 今日はカレーないよ!』
元気よく手を挙げる妖精に周囲の衛兵がギョッとするが、バゴール王は鷹揚に頷いた。
「うむ、精霊殿も元気そうで何よりだ。……さて、単刀直入に言おう」
王は居住まいを正し、低い声で告げた。
「そなたを呼んだのは他でも無い。ドラゴンやベヒーモスを倒し、S級冒険者となり、名実共にデルン王国、いやマンルシア大陸の『勇者』となったその大功績についてだ」
「そんな……僕はただ、自分の住む街を守っただけで……」
「謙遜は美徳だが、過ぎれば嫌味になるぞ。現に、民の声は日に日に高まっておる。『その勇者太郎に対して、デルン王国は相応の地位も報酬も与えないとは、如何なる了見か! 王家は無能か!』とな。貴族たちや民衆から、とんでもない突き上げが来ているのだよ」
「えぇ……そんな事が」
僕は困惑した。僕たちは金貨5000枚を貰って大満足していたが、世間的には「世界を救った英雄」に対する扱いとして、金だけでは軽すぎると見られているらしい。
「そこでだ」
バゴール王は重々しく立ち上がり、両手を広げて宣言した。
「そなた、勇者太郎を**『公爵』**にする! 王族に次ぐ最高位の爵位だ! これでうるさい連中も黙るだろう!」
「こ、公爵ぅぅぅ!?」
僕の声が、謁見の間に盛大に裏返って響き渡った。
公爵といえば、広大な領地を持ち、国の政治にも深く関わるトップ・オブ・大貴族だ。
「そ、そんな無理です! 絶対無理!」
僕はブンブンと首を横に振った。
「僕は冒険がしたいんです! ダンジョンに潜ったり、100均グッズで新しい料理を作ったり、マイホームで妻たちと自由で平穏な生活がしたいんです! 貴族の堅苦しい生活や派閥争いなんて、絶対に耐えられません!」
「太郎さんの気持ち、痛いほど分かりますわ」
横にいたライザが一歩前に出て、深く頷いた。
「公爵ともなれば、嫌でもドロドロの社交界や権力闘争に巻き込まれます。太郎さんの素朴で優しい良さが消えてしまいます」
「うんうん! 毎日お城のパーティーで作り笑いなんて、太郎さんには似合わないわ!」
サリーも猛反発だ。
僕たち三人の断固たる拒否姿勢に、バゴール王は滝のような冷や汗を流し始めた。
「ぬぬ……貰ってもらわねば困るのだ! 国のメンツがある! 頼む!」
「嫌です! 絶対にお断りします!」
「……わ、分かった! ならば譲歩しよう!」
王は一つ大きな咳払いをし、提案を変えた。
「で、では**『伯爵』**! 伯爵ならばどうだ!? 公爵よりも地位は下がるが、その分自由がきく!」
「伯爵……?」
「うむ。お主の住んでいる『アルクス』の街を領地として丸ごと与える! 元々アルクスは冒険者の街だ。細かい統治はギルドマスターのヴォルフに任せれば良い!」
「でも、領主としての書類仕事とか、税の管理とか……」
僕が渋っていると、バゴール王はニヤリと笑い、控えていた執事マルスを指差した。
「そこでだ! そなたに、我が王宮でも一、二を争う有能な執事、マルスを与える!」
「えっ」
「マルスを本日から王宮執事から解任し、太郎専属の家令(執事長)として仕えさせる! 領地の管理、面倒な書類仕事、他領との折衝は、全てマルスに丸投げすればよい! ……これならどうだ!?」
僕はマルスを見た。
マルスは直立不動の姿勢を崩していなかったが、その瞳は血走っており、顔面は**「(ここで断られたら私は本当に路頭に迷う! 頼むから引き受けてくれえぇぇぇ!)」**と、必死のテレパシーを送ってきていた。
有能なマルスが実務を全部やってくれるなら、僕は実質「名前だけの領主」でいいということになる。これなら悪くないかもしれない。
「う~ん……」
それでも僕が最後の悩む素振りを見せると、バゴール王はとっておきの「最終兵器」を口にした。
「頼む! そなたに褒美を与えぬとなると、『王家は英雄を冷遇している』と悪い噂が立ち、民達が暴動を起こすかもしれんのだ! 国が荒れれば流通が止まり、そなたの愛するカレーの材料(スパイスや肉)もアルクスに届かなくなるぞ!?」
「なっ……カレーの材料が!?」
それは死活問題だ。僕の安上がりなレトルトカレー生活に支障が出るのは絶対に困る。それに何より、マルスの「5人目の子供と温泉好きの祖母」を路頭に迷わせるわけにもいかない。
(……僕が名前だけの伯爵になれば、国も丸く収まるし、カレーも食べられるし、マルスさんも再就職できる……全員ハッピーじゃないか!)
「……わ、分かりました! 分かりましたよ! なります! 伯爵に!」
僕が叫ぶと、バゴール王は玉座から身を乗り出し、深い安堵の息を吐いた。
「おぉ!! 感謝するぞ、太郎卿! これで我が国も安泰だ!」
「ありがとうございます! ありがとうございますぅぅ、旦那様ぁぁ!!」
マルスはついに堪えきれなくなり、その場に泣き崩れて赤絨毯に額を擦り付けた。
こうして、異世界のコンビニ店員・佐藤太郎は、S級冒険者、ドラゴンスレイヤーという称号に加えて、ついに「アルクス伯爵」という途方もない権力まで手に入れることになったのである。




