EP 25
勇者の称号と、執事マルスの家庭の事情
S級冒険者への昇格と、黄金の宴から数日。
アルクスの冒険者ギルドは、今日も熱気と活気に満ちていた。
その食堂の特等席で、僕たち「チーム・タロウ」は平和なランチタイムを楽しんでいた。
今日のメニューは、100均(あるいは激安スーパー)で買える『レトルト中華丼(3食パック)』を、ほかほかの白米にかけたものだ。
「ん~! このとろみのある熱々のタレが、ご飯に絡んで最高ね!」
「レトルトと仰っていましたが、野菜もシャキシャキしていて、うずらの卵まで入っているなんて。とても美味しいですわ」
サリーとライザが、幸せそうに頬を抑えながら中華丼をかき込んでいる。
金貨5000枚を持つ大富豪になっても、僕の料理のベースは相変わらず安上がりのレトルト食品だったが、彼女たちにとってはこれが一番のご馳走らしい。
そんな平和な昼下がりの静寂は、重々しい金属音によって唐突に破られた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
ギルドの入り口から現れたのは、磨き上げられた銀の鎧を纏った『王宮騎士団』の一団だった。
ギルド内の空気が一瞬でピリッと張り詰める中、その先頭に立っていた見覚えのある燕尾服の男が、僕たちのテーブルへと一直線に歩み寄ってきた。
「……勇者太郎様でいらっしゃいますね」
恭しく、そして仰々しく一礼したのは、王宮の執事であるマルスだった。
「ブフォッ!?」
僕は思わず、口に含みかけたうずらの卵を吹き出しそうになった。
「マルスさん? ……えっ、『勇者』!? 僕が太郎ですけど、勇者だなんて人違いじゃ……」
ただのコンビニ店員崩れに、勇者という称号はあまりにも荷が重すぎる。
「いえいえ。ドラゴン、ソウルワイバーン、そしてあの伝説のベヒーモスまでをも討伐し、見事S級冒険者に昇り詰めたともなれば、人々から『勇者』と呼ばれて当然かと」
マルスは真顔で言い切った。
どうやら世間では既に、僕は「異界から降臨した救国の勇者」という、とんでもなく盛られた扱いになっているらしい。
「それより太郎様。我が主、バゴール王から『至急、王宮に来るように』との仰せです。馬車をご用意しております」
「え? またカレーライスを作るのかな?」
前回の呼び出しが「カレーを作れ」というものだっただけに、僕は首をかしげた。
「いえ、私も具体的な用件は何も聞かされていないのですが……とにかく『勇者太郎様を丁重にお連れしろ。失敗は許さん』と、王より厳命された次第です」
マルスの表情は硬い。王の「失敗は許さん」という言葉の裏には、とてつもない圧力が透けて見える。
「何かしら? 太郎さんに用って。また面倒な厄介事じゃないといいけど」
サリーが心配そうに眉を寄せる。
「ええ。勇者と持て囃して、厄介な魔物討伐を無償で押し付けるつもりなら、お断りですわ」
ライザも警戒心を露わにする。
僕も全く同意見だった。S級になって目立っている今、王族に関わるのは面倒事の匂いしかしない。
「う~ん……行きたくないなぁ。せっかくの休日で、中華丼食べてる途中なのに」
僕が本音を漏らして断ろうとした、その瞬間だった。
「……ッ!!」
マルスの顔色が一瞬で土気色に変わった。
彼は背後の騎士たちを「下がっていろ」と手で制すると、テーブルに身を乗り出し、僕の耳元で信じられないほど小さな、しかし必死な声で囁いた。
「太郎様……お願いします。どうか、どうか来てください!」
「えっ」
「実は……妻が妊娠して、来月で子供が『5人目』になるんです!!」
「は?」
「これからの生活費や教育費がただでさえかさむというのに、もし私がここで『勇者の連行に失敗しました』なんて失態を演じて、クビにでもなれば……!」
マルスの目から、大粒の涙がボロリとこぼれ落ちた。
「それに! 同居している祖母は『腰が痛い、腰が痛い』と言っては高級な温泉に通いたいと駄々をこね、事もあろうに私の懐から財布を抜き取る始末でして……!!」
「えぇ……」
「太郎様が王宮に来てくれないと、私は完全に破滅です! 5人の子供と盗人猛々しい祖母を抱えて、路頭に迷うことになります! 大変な事になるんです! どうか、どうかお慈悲をぉぉ!!」
マルスは僕の手を両手でガッチリと握りしめ、鬼気迫る表情で訴えかけてきた。
国の存亡とか、魔王の復活とか、そういう壮大な理由は一切ない。
極めて個人的かつ切実な、涙なしには語れない「中年・中間管理職の家庭の事情」だった。
「マルスさん……大変だなぁ」
僕は同情せずにはいられなかった。
パリッとした燕尾服の背中に、現代日本のサラリーマンと同じ「悲哀」が色濃く漂っている。
「ってか、お婆ちゃんの温泉とか財布盗む件とか、僕には1ミリも関係ない事が沢山有る気がするけど……」
しかし、目の前で大人の男にボロボロ泣きつかれては、無下に断れないのが僕という男だ。
「……はぁ。仕方ない、行きますよ。マルスさんのご家庭の為にも」
その言葉を聞いた瞬間、マルスの顔にパァァッと後光が差した。
「おぉ!! ありがとうございます! 勇者太郎様! 貴方様は世界だけでなく、私の家族の救世主だ!!」
マルスはテーブルに頭をぶつける勢いで深々と一礼した。
「じゃあ、とりあえず王宮に行こうか。サリー、ライザ」
「えぇ、付き合いますわ。勇者様を守る妻として」
「王宮のお菓子、また食べられるかな?」
『ピカリもいくー! 王様のお髭ひっぱるー!』
こうして僕たちは、輝かしい「勇者」の称号と、情けなすぎる「執事の家庭の事情」を乗せた王家の馬車に揺られ、何が待つとも知れない王宮へと向かうことになったのだった。




