EP 21
激辛の雨と、閃光のフィナーレ
薄れゆく意識の淵で、僕は言いようのない温かな光に包まれていた。
サリーがなりふり構わず注ぎ込んでくれた最大出力の回復魔法が、砕けた肋骨を繋ぎ、潰れかけた内臓の損傷を強引に修復していく。
「……っ、げほっ!」
「太郎さん! よかった、気がついたのね!」
僕はガバッと上体を起こした。まだ全身が軋むような激痛を訴えているが、動ける。
すぐに視線を前方へ向けると、そこには修羅の如き形相でベヒーモスと対峙するライザの姿があった。
神速の剣撃で巨体の猛攻を紙一重で捌いているが、相手は地上最強の魔獣だ。一撃の風圧だけでライザの皮膚が裂け、防戦一方になっている。
「くっ……! このままじゃ、ライザが押し潰される!」
僕は弓を握り直したが、すぐに歯噛みした。
切り札の『必殺の矢』は、着弾と同時に周囲を跡形もなく吹き飛ばす広範囲爆裂兵器だ。あんな至近距離で戦っているライザを巻き込まずに撃つことは、今の僕の技術では不可能に近い。
(威力が強すぎて、味方が近いと撃てない……。これが僕たちの最強兵器の、最大の弱点だ!)
どうする? ライザを安全圏まで下がらせるには、一瞬でもいい、奴の動きを完全に止める必要がある。
僕は必死に思考を巡らせ、ベヒーモスの巨体を観察した。そして、ライザが捨て身で斬りつけた「右脚の深い傷口」に目が止まった。
「……そうか。毒じゃない。生物にとって、ある意味毒より恐ろしい『刺激』なら!」
僕はウィンドウを狂ったように操作し、ある物を大量に取り出した。
チューブ入りの『練りわさび』、『練りからし』、そして『タバスコ』だ。
「太郎さん? 何をしてるんですか……そんな調味料で?」
「サリー! ベヒーモスの右脚、あの傷口に炎魔法をぶつけてくれ! 傷口を焼いて、奴の意識を下に逸らすんだ!」
「わ、分かったわ! 信じてるわよ、太郎さん!」
サリーが杖を振りぬく。
「炎の弾丸よ、かの者を焼き尽くせ! 『フレイム・バレット』!!」
ドォォォン!!
炎が傷口を直撃し、ベヒーモスが「ブモッ!?」と激痛に顔を歪め、ガクリと体勢を崩した。
「今だ! 喰らえ! 『特製・激辛三種盛りショット』!!」
僕は、わさび・からし・タバスコを鏃にこれでもかと塗りたくった鉄の矢を、三連射した。
狙うは傷口……ではない。ベヒーモスの剥き出しになった粘膜――「右目」だ!
ヒュンッ、ヒュンッ、ヒュンッ!!
ザシュッ!!
「ブモォッ!? ……ブギョォォォォォォォォッ!!?」
眼球に突き刺さった矢から、凝縮されたカプサイシンとアリルイソチオシアネートの地獄の刺激成分がブシュッ、と溢れ出し、一気に細胞へ染み渡る。
ベヒーモスは右目を押さえ、あまりの激痛と異物感に狂ったようにのたうち回った。
「トドメだ! ピカリ!」
『まかせてー! おめめ、もっとチカチカさせるよー!』
ピカリが弾丸のような速さでベヒーモスの顔面に接近した。
のたうち回る怪物の鼻先で、彼女は持てる全ての魔力を光に変えて爆発させた。
『ピカリ・フラーッシュ!!』
カッッ!!!
至近距離での超強力なストロボ発光。
激辛成分で涙が止まらない目に、追い打ちの閃光が突き刺さる。
視覚と嗅覚、そして思考能力を完全に破壊され、ベヒーモスは一瞬、棒立ちになった。
「ライザ! 今だ、離れてえぇぇぇッ!!」
僕の叫び声を合図に、ライザはベヒーモスの腹を思い切り蹴り、バックステップで大きく距離を取った。
射線が通った。
味方は退避した。
必殺の時が、ついに来た。
僕は背中の矢筒から、最後の一本となる漆黒の『必殺の矢』を引き抜いた。
弓を限界まで引き絞る。腕の痛みも、恐怖も、もう感じない。
「これで……終わりだァァァッ!!」
狙いは、苦痛に喘いで大きく開かれた口腔内。
今度は咆哮で弾き飛ばさせる隙すら与えない!
シュッ!!
放たれた死の矢は、ベヒーモスの口の中へと吸い込まれ――。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
ダンジョンそのものが崩壊するかのような凄まじい衝撃波がフロアを駆け抜けた。
ベヒーモスの体内中心部で起きた大爆発は、その巨体を内側から膨れ上がらせ、木っ端微塵に粉砕した。
しばらくして爆風が収まると、そこには巨大なクレーターと、ドロップアイテムである「ベヒーモスのねじれ角」だけが転がっていた。
「…………」
静寂。そして、僕の手から弓が滑り落ちる。
「……やった……」
「やったあああああああッ!!!」
サリーが泣きながら僕の胸に飛び込んできた。
「やりましたね……! やりましたね、太郎さん!!」
ライザも駆け寄り、ボロボロになった僕を壊れそうなほど強く抱きしめてくれた。
「ああ、やったな……。二人とも、助けてくれてありがとう」
『ピカリもがんばったよ! 激辛、サイコー!』
S級モンスター、ベヒーモス討伐。
それは、現代の100均グッズと、異世界の絆が、伝説を塗り替えた瞬間だった。
僕たちは互いの無事を確かめ合い、勝利の喜びを分かち合うように、いつまでも抱き合っていた。




