EP 19
休息所の出会い、傷薬とチョコレート
地下1階で遭遇したダークオーガの群れを瞬殺した僕たち「チーム・タロウ」は、さらに深く、地下2階へと足を踏み入れた。
「ここからは、罠が多くなるエリアのようです。気を引き締めていきましょう」
ライザが愛剣の柄に手を掛けながら、油断なく周囲を見渡す。
「っと、危ない危ない」
僕が頭に装着した『LEDヘッドライト』で床を照らすと、真昼のような直線的な光の中に、一本の極細のワイヤーがキラリと反射した。踏めば壁から毒矢が飛び出す、古典的だが凶悪な仕掛けだ。
「お見事です、太郎さん。通常の松明の薄暗い灯りでは、今のワイヤーは確実に見落としていましたね」
「こっちの床は落とし穴になってるわ。不自然に魔力の流れが途切れているもの」
サリーが杖でトントンと床の石畳を叩きながら、ケロリとした顔で危険地帯を指差す。
圧倒的な光量を誇る現代の照明器具と、高レベルな魔法使いと剣士の超人的な感知能力。
ダンジョンの設計者が殺意を込めて仕掛けたであろう悪質なトラップの数々も、僕たちにかかれば「ちょっとしたアスレチック」程度にしかならなかった。
サクサクと罠を回避しながら進むこと数十分。
不意に、少し開けた石造りの空間に出た。ダンジョン内にいくつか存在する、魔物が寄り付かない結界が張られた「休息スポット(セーフティゾーン)」だ。
「あそこに誰かいるわ……でも、様子がおかしい」
サリーが指差した先。壁際の暗がりに、五人組の冒険者パーティーがボロボロになって座り込んでいた。
全員の鎧は無惨に砕け、全身から血を流し、苦痛に顔を歪めてうめき声を上げている。
「怪我をしているわ! 大変、すぐにお助けします!」
サリーが慌てて駆け寄り、一番重傷を負っている大柄な戦士に手をかざした。
「癒やしの光よ、傷を塞ぎたまえ! 『ハイ・ヒール』!」
温かく神聖な光が戦士の体を包み込むと、腹部にあった深い切り傷が見る見るうちに塞がり、血が止まっていった。
「す、すげぇ……高位の回復魔法……。一瞬で痛みが……」
「僕も何かしなきゃ。魔法じゃ治しきれない細かい傷や、化膿止めがいるな」
僕も彼らの元へ駆け寄り、空中のウィンドウを開いて『衛生用品』カテゴリから**【 救急セット(消毒液・ガーゼ・包帯入り):100P 】**を取り出した。
「ちょっと染みますよー。我慢してくださいね」
僕は容赦なく、傷口にマキロン的な消毒液をドバドバと振りかけた。
「ぐぎゃああああああッ!!?」
「ごめんね! でも、ダンジョンのバイ菌が入って化膿したら、足を切断することになるかもしれないから!」
僕の横では、ライザも素早い手つきで手当てに入っていた。
「傷は塞がっても、打撲と筋肉の重度な炎症が残っていますね。……かなり染みますが、効果は確かな魔法の薬(100均の冷感湿布)です」
ライザは独特のハーブ(メントール)の匂いがする湿布のフィルムを剥がし、冒険者の腫れ上がった背中にビタンッ! と力強く貼り付けた。
「い、いってぇぇぇ!! ……あれ? でも、なんだかスースーして、痛みが引いていくぞ!?」
「ええ。我慢してください。それで明日の朝には腫れが引いているはずです」
S級クラスの超手厚い(そして物理的に少し痛い)治療のおかげで、瀕死だった冒険者たちは急速に生気を取り戻していった。
「ふぅ……大変でしたね。何があったんですか?」
僕が最後の包帯を巻き終えて声をかけると、リーダー格の男が深々と頭を下げた。
「あぁ、お陰さんで命拾いしたよ。本当にありがとう。実は、この奥で『キラーマンティス(巨大カマキリ)』の群れに襲われてな……撤退しようとしたんだが囲まれて、もう駄目かと思ったんだ」
「早く地上へ帰った方が良いですよ? 傷は塞がりましたけど、血を失いすぎていますから」
サリーが心配そうに彼らの顔色を見て診断する。
「あぁ、わかってる。俺たちの実力不足だ。ここいらが潮時のようだな。……悔しいが、帰るさ」
冒険者たちは悔しげに唇を噛みながらも、互いに肩を貸し合って立ち上がった。
一攫千金を夢見て挑んだダンジョン攻略を諦め、命からがら撤退するその背中は、どこか寂しげで重苦しい。
「あ、あの!」
僕は、思わず彼らを呼び止めた。
怪我は治っても、彼らの心は完全に折れかけている。同じ冒険者として、何か少しでも励ますことはできないか。
僕はとっさにスキルを使い、銀紙に包まれた板状のものを取り出した。
「これ、食べてください」
僕は**【 板チョコレート(ミルク):100P 】**を数枚、冒険者のリーダーの手へ握らせた。
「こ、これは……? 黒くて甘い匂いがするが……まさか、チョコレートかい!? 王都の大貴族しか食えないっていう、あの伝説の高級菓子……!」
この世界にもカカオ製品は存在するが、精製技術が低いため、砂糖がたっぷりと入った滑らかなチョコレートは、金貨が飛ぶほどの超高級品なのだ。
「えっと、まぁそんな感じです。甘いものを食べると、脳の疲れが取れて元気が出ますから。……地上まで気をつけて。元気、出してくださいね」
僕は彼らの驚きを気にも留めず、微笑んで言った。
100円のアイテム一つで、誰かの折れた心が少しでも上向くなら、安いものだ。
僕の不器用な優しさに、冒険者の男は目を見開き、やがて大粒の涙をボロリとこぼした。
「ありがとう……本当にありがとう! この御恩は一生忘れない! あんたたちも、気をつけてな!」
彼らはまるで国宝でも扱うかのように板チョコを大事そうに懐にしまい、僕たちに何度も何度も頭を下げて、地上へと去っていった。
静かになった休息所で、サリーがふわりと微笑んだ。
「太郎さんは優しいですね。あんなに高価なお菓子を、見ず知らずの人に惜しげもなくあげちゃうなんて」
「いやぁ……命からがら帰るんだし、最後くらい甘い思い出があってもいいかなって思ってさ」
僕は照れくさそうに頭をかいた。
「ふふ、そういう損得勘定抜きで人に優しくできるところが、私は大好きなんですわ」
ライザも、愛おしそうに僕の顔を見つめてくる。
二人からの直球の愛情表現に、僕の顔がカァッと熱くなる。
そんな甘い空気が流れる中、僕の肩に止まっていたピカリが、ぷくっと頬を膨らませた。
『なんだかなぁ……。ピカリだけ置いてけぼりー!』
ピカリは僕の頭の上に不時着し、僕の髪の毛を小さな手でぐしゃぐしゃとかき回し始めた。
『ピカリもチョコたべるー! ちょーだい! ちょーだい!』
「わわっ、分かったよピカリ! 髪の毛引っ張るなってば! はい、あげるから!」
僕が慌てて新しい板チョコを取り出して小さく割ってやると、ピカリは機嫌を直して嬉しそうに齧り付いた。
「よし、じゃあ僕たちも奥へ進もうか。キラーマンティスくらい、蹴散らして進むぞ!」
「ええ! 私の剣の錆にしてやりますわ!」
「魔法でこんがり焼いちゃおっか!」
傷ついた者を救う強者の余裕と、チョコレートよりも甘い絆。
僕たち「チーム・タロウ」は、互いに笑顔を見せ合いながら、ダンジョンのさらなる深淵へと歩みを進めるのだった。




