EP 16
幸せ太りと、ダンジョン・ラッシュ
あの大聖堂での結婚式から数ヶ月。
アルクスの丘の上に建つ「英雄の家」では、穏やかでとびきり甘い新婚生活が続いていた。
朝起きれば二人の愛妻と共にキッチンに立ち、昼は庭の手入れや街の散策。夜は最新式のお風呂に一緒に入り(最初は恥ずかしがっていた二人もすっかり慣れてしまった)、ふかふかのベッドで眠る。
まさに男の夢を絵に描いたような、幸せそのものの毎日。
しかし、根っからの冒険者気質――あるいは、そろそろ非日常の刺激が欲しくなってきたのか。
「……そろそろ、冒険したいな」
リビングのソファで、食後のコーヒー(100円ショップのドリップパック)を飲みながら、僕がぼんやりと呟いた。
それを聞いたサリーが「ふぁ~」と欠伸をして、両手を上に大きく伸ばした。
「そうねぇ。ずっと平和ボケしてたら腕が鈍っちゃうし、そろそろ復帰しないとね」
「あら、良い心がけですわ、サリー」
向かいの席で紅茶のカップを置いたライザが、立ち上がったサリーのわき腹をツンと人差し指で突っついた。
「最近、少しお腹周りがふっくらしたんじゃなくて? 所謂『幸せ太り』というやつかしら」
「ひゃっ!? ラ、ライザ! そ、そんなわけないわよ!」
サリーが顔を真っ赤にして、慌ててお腹を引っ込める。
「た、ただ服の生地が縮んだだけよ! 毎晩、太郎さんの作るカレーとか、甘いスイーツ(100均のプリンやチョコレート)が美味しすぎるのがいけないのよ!」
「あはは、ごめんごめん。でも、運動不足の解消も兼ねて、久しぶりにギルドに顔を出してみようか」
「賛成です。ピカリも退屈して、庭の虫を一日中追いかけ回していますからね」
『タロウー! はやくお出かけしよー!』
ピカリが僕の頭をポカポカと叩いて急かしてくる。
僕たち三人と一匹は久しぶりに装備を整え、丘を降りて冒険者ギルドの門をくぐった。
重い扉を開けた瞬間。
凄まじい熱気と怒号のような声が、僕たちを押し包んだ。
「剣を研いでおけ! 解毒ポーションは多めに持ったか!」
「パーティーメンバー募集! 盾持ちの前衛求む! 報酬は山分けだ!」
いつになく殺気立っている――いや、異様なまでに活気づいている冒険者たちで、ギルドのホールはごった返していた。
「すごい賑わいね……何かあったのかしら?」
人波をかき分けて食堂の方へ向かうと、そこにはいつものように大盛りのカレーライスを豪快にかき込んでいるギルドマスター、ヴォルフの姿があった。
「ガハハハ! 旨い! やはり太郎カレーは最高に精が出るわい!」
「お父様、なんだか凄く嬉しそうね。何か良いことでもありましたの?」
ライザが声をかけると、ヴォルフはスプーンを置き、ニヤリと隻眼を細めて笑った。
「よぉ、太郎、ライザ、サリー。来て早々だが、聞いて驚くなよ? なんと、アルクスの北の山脈に『ダンジョン』が出現したんだ!」
「ダンジョン!?」
僕は素っ頓狂な声を上げた。
ダンジョン。RPGの代名詞とも言える地下迷宮。未知のモンスターの巣窟。
「そうだ。地殻変動で入り口が開いた古代の遺跡か、あるいは魔力の吹き溜まりか……とにかく、未踏の巨大な地下空間が見つかった。となれば、何があるか分かるな?」
ヴォルフはホールで騒ぐ冒険者たちを、親指でクイッと指差した。
「ガハハハ! ダンジョンが出来たとなると、財宝が付き物だ。古代の強力な魔導具、金銀財宝、地上にはない未知の素材……一攫千金のビッグチャンスだ。見ろ、普段はだらしなく飲んだくれている連中が、血走った目で荷造りしていやがる」
「ふふ、だからお父様も嬉しそうなんですね。元冒険者の血が騒ぐのかしら」
「違いねぇ! 今のギルドマスターっていう立場がなけりゃあ、俺が一番に潜っているところだ!」
ヴォルフは豪快に笑い、バンッと僕の肩を叩いた。
「どうだ? お前らも久しぶりにダンジョン攻略してみるか? A級冒険者、いや『ドラゴンスレイヤー』の実力を見せる良い機会だぞ」
「ダンジョン、か……」
僕は少し考え込んだ。
ダンジョン探索といえば、光の届かない暗闇、狭く湿った通路、そして長期間の野営が必要になる過酷なサバイバル環境だ。
普通の冒険者なら、重くてすぐ消える松明や、保存だけが取り柄の石のように硬い干し肉、薄っぺらい毛布を大量に背負っていくのが関の山だろう。
しかし、僕のリュックの中には『100円ショップ』がある。
(暗闇? LED懐中電灯やヘッドライトがあれば、電池が切れるまで真昼のように明るい)
(食事? 缶詰やカップ麺、レトルト食品を使えば、火がなくても温かくて美味しい食事がとれる)
(睡眠? 高機能なアルミブランケットやエアマットがあれば、ゴツゴツした岩場でも快適に寝られる)
僕の脳内で、ダンジョン攻略のビジョンが猛烈な勢いで組み上がっていく。
これは単なる冒険ではない。現代日本の圧倒的な「後方支援物資」の差を、この異世界に見せつける最大のチャンスだ。
「……ダンジョン攻略となると、懐中電灯や携帯食、寝袋なんか滅茶苦茶売れそうだな。他の冒険者にも絶対に需要があるはずだ」
僕がニヤリと悪巧みをするような笑みを浮かべると、サリーがポンと手を叩いた。
「なるほど! 太郎さんのスキルにぴったりね! 冒険に役立つ便利グッズを売るのね!」
「ええ。暗くてじめじめした場所でも、太郎さんの道具があれば私たちは快適に過ごせますし、それを欲しがる冒険者は多いはずですわ」
ライザも面白そうに微笑む。
「よし、一儲けするか! ダンジョンの最深部を目指しつつ、この便利な現代グッズの力を見せつけてやろう!」
「おー!」
『ピカリもー! 宝箱いっぱいあけるー!』
平和な生活で少し緩んだ体と財布の紐を引き締めるため。
最強の夫婦となった僕たちは、「快適すぎるダンジョン攻略」と「一攫千金のビジネス」へと乗り出すことになった。




