EP 14
頑固オヤジの襲来と、二人の花嫁
高台に建つマイホームでの生活は、控えめに言っても「最高」だった。
朝起きれば、広いキッチンで僕が作る(100均の調味料で味付けした)美味しい朝食を三人で囲み、昼はライザが庭で剣を振り、サリーが花壇の手入れをする。夜は最新式の広いお風呂に浸かって疲れを癒やし、ふかふかのベッドで眠る。
地獄のような戦いの日々が嘘のような、穏やかで甘い同棲生活。
ずっとこんな平和な日々が続けばいい。そう思っていた、ある日の午後。
ピンポーン、と玄関のチャイム(魔導式)が鳴った。
「はーい、今出まーす」
僕が呑気に扉を開けると、そこには腕を組み、仁王立ちする大男――ギルドマスターのヴォルフの姿があった。
しかも、今まで見たことがないくらいに険しい、鬼のような形相で。
「やぁ、ヴォルフさん。どうしたんですか? そんな怖い顔をして……」
「……太郎。お邪魔させてもらうぞ」
ヴォルフの声は地を這うように低く、有無を言わさぬただならぬ気配が漂っていた。
僕は冷や汗を流しながら彼をリビングへと通し、100円ショップの『ドリップコーヒー』を淹れて出した。
湯気の立つコーヒーを前に、ヴォルフはソファに深く沈み込んでいる。
対面には僕、そして僕の左右には、ただならぬ空気を察して少し緊張気味のライザとサリーが座っていた。
「それで……お話というのは?」
僕が恐る恐る尋ねると、ヴォルフは重い口を開いた。
「太郎……。俺はライザを、お前の『護衛』としてパーティーに入れた。だがな……」
ヴォルフの隻眼が、獲物を狙う鷹のようにギロリと光った。
「血気盛んな若い男女が、一つ屋根の下で一緒に暮らせと言った覚えはないぞ。ましてや、ワシはまだ大事な一人娘を嫁に出したつもりも無いんだがな!」
ドォン! と分厚い手がテーブルを叩く音に、僕たち三人はビクッと肩を震わせた。
同棲生活。現代日本ではともかく、このファンタジー世界の、しかも堅物で娘想いな父親からすれば「けしからん」事態なのは間違いない。
「お父様!」
ライザが身を乗り出した。
「えっと……それは、成り行きというか、パーティーの拠点を構えるにあたって一緒にいた方が便利だということで……決して不純な動機では!」
僕がしどろもどろに言い訳しようとすると、ヴォルフはフンッと鼻を鳴らした。
「言い訳は聞かん。けじめはつけてもらう。……そういう事だ、ライザ。今すぐ荷物をまとめろ。実家に帰るぞ」
ヴォルフが立ち上がり、ライザの手を強引に引こうとした。
「嫌ですッ!!」
パンッ! と、ライザはその手を強く振り払った。
「なっ……ライザ?」
「お父様……私は帰りません」
ライザは真っ直ぐに父親の隻眼を見据え、そして、普段の凛とした騎士の顔をほんのりと朱色に染めながら言った。
「私は……太郎さんが好きです。剣を捧げた主としてだけではありません。一人の男性として、心から愛しているのです! だから……これからもずっと、太郎さんの隣に居たいんです!」
「ラ、ライザ!?」
僕は驚いて隣を見た。騎士として常に感情を抑えていた彼女からの、あまりにも直球な愛の告白。
「ず、ずるいライザ! 抜け駆けは無しって言ったのに!」
黙っていられなくなったサリーも、バンッと立ち上がった。
「私だって! 私だって、太郎さんが好きよ! 誰よりも優しくて、頼りになって……いつも私たちを命懸けで守ってくれる太郎さんが大好きなの!」
「サリー……」
二人の少女からの、真剣で嘘偽りのない想い。
それは、ゴブリン退治から始まり、魔狼、グリフィン、そしてドラゴンとの死闘を共に乗り越えてきた中で育まれた、確かな絆と愛情だった。
僕の胸の奥が、カッと熱くなった。
あのエンシェント・ドラゴンとの死闘。
圧倒的な暴力の前に、僕たちはいつ死んでもおかしくなかった。この世界の日常は、いつ理不尽な力によって奪われるか分からない。明日もみんなで笑い合える保証なんて、どこにもないのだ。
(……だからこそ。今、目の前にあるこの温もりを、絶対に手放したくない。後悔なんてしたくない)
中途半端な気持ちで答えてはいけない。
僕はゆっくりと立ち上がり、二人に向き直って、しっかりと目を見て伝えた。
「ライザ……サリー……。僕も、二人のことが大好きだ。どちらか一人なんて絶対に選べないくらい、二人とも僕にとってかけがえのない、大切な人なんだ」
「太郎さん……!」
「ずっと一緒だよ、太郎さん!」
二人の瞳に涙が浮かび、花がほころぶように微笑み合った。
その様子を呆然と見ていたヴォルフは、ガクリと肩を落とし、天を仰いだ。
「はぁぁぁ……。お灸を据えようとしたら、自ら背中を押すキューピッドになっちまったのか? 俺は……なんてこった」
娘を取り戻すつもりが、まさか公認の仲人のような役割を果たしてしまうとは。
ヴォルフは冷めたコーヒーを一気に飲み干し、深いため息をついた。
僕は居住まいを正し、ヴォルフに向かって深く頭を下げた。
「ヴォルフさん。……僕は、二人と結婚します」
「……何だと?」
「この世界の法律が許すなら、二人とも妻として迎えます。絶対に二人を幸せにします。僕の命に代えても、守り抜いてみせます」
それは、ドラゴンスレイヤーの称号よりも重い、一人の男としての生涯の誓いだった。
ヴォルフはしばらく僕を静かに睨みつけていたが、やがてフッと口元を緩めた。
「……良いか! よく聞け、小僧」
ヴォルフは再び鬼の形相を作り、ドスの効いた声で凄んだ。
「もし……もしも二人を泣かせるような真似をしやがったら、地の果て迄追い詰めて地獄に叩き落とすからな! ギルド総出で狩り殺すぞ! 分かったな!」
それは、不器用な父親としての精一杯の強がりであり――そして、これ以上ないほどの温かい「許し」の言葉だった。
「はい! 肝に銘じます!」
僕が腹の底から大声で返事をした瞬間。
「太郎さん!」
「大好きです、あなた」
「わっ、ちょっ!」
ヴォルフの目の前にも関わらず、サリーとライザは左右から僕に飛びついてきた。
『ピカリもー! ピカリもタロウとけっこんするー!』
ピカリも便乗して、僕の頭の上に嬉しそうにダイブしてくる。
賑やかで、暖かくて、少し重たい愛の重み。
「まったく……見てられんわ。勝手にイチャついてろ」
ヴォルフは憎まれ口を叩きながらも、幸せそうな娘たちの姿に優しく目を細めていた。
こうして、僕が買ったマイホームは、正式に僕たちの「愛の巣」として認められたのである。




