EP 13
英雄、家を買う。
ドラゴン討伐の熱狂的な祝賀ムードも一段落し、アルクスの街に本来の活気ある日常が戻りつつあったある日。
僕たち「チーム・タロウ」は、街で一番の規模を誇る大商会『ゴルド商会』を訪れていた。
「へへっ、いらっしゃいませ! ドラゴンスレイヤーの太郎様じゃありませんか!」
商会の入り口をくぐるなり、会長のゴルスが商人の鑑のような満面の笑みで、手を揉み手しながら飛んで出迎えてくれた。
今や僕たちは、アルクスを二度も救った英雄であり、金貨1000枚を懐に忍ばせる大富豪だ。商会にとっても文句なしの最重要顧客(VIP)である。通されたのは、奥にあるふかふかのベルベットソファが置かれた特別応接室だった。
「今日はどういったご用件で? 新しいドラゴン素材の売却ですか? それともまた、珍しい『100均』アイテムの取り寄せで?」
「いや、今日は大きな買い物に来たんだ」
僕は出された高級なハーブティーを一口飲み、本題を切り出した。
「いつまでも宿屋暮らしという訳にはいかないからね。これからの活動拠点として、一軒家を探しているんだ。どこか良い物件はないかなと思って」
荷物も増えたし、何よりキッチンや風呂を自由に使いたい。プライバシーもしっかり確保したい。
懐にはドラゴン討伐の莫大な報奨金が唸っているのだ。今こそ、夢のマイホームの買い時である。
「へぇ! 若き英雄たち三人と、可愛らしい妖精さんのための住宅ですね。任せて下さいよっ」
ゴルスはニヤリと笑い、デスクから分厚い物件ファイルを広げた。
「アルクスの救世主に相応しい、とびきりの優良物件をご用意できますぜ」
横からライザが身を乗り出す。
「希望としては、4LDK以上の広さが欲しいですね。それに、庭付きが絶対条件です。毎朝、全力で剣の鍛錬が出来るような、周りに迷惑のかからない広い庭が」
「うんうん! 私は花壇が欲しいな! 綺麗なお花とか、ポーションに使う薬草を育てたいの!」
サリーも目を輝かせてリクエストする。
「なるほど、なるほど。鍛錬用の広い庭に、家庭菜園スペースですね。太郎様のご希望は?」
「僕は、ゆったりと足が伸ばせる『大きなお風呂』と、本格的な料理ができる『広いキッチン』が欲しいな」
100円ショップの調理器具をフル活用するには、十分な作業スペースが必要だ。それに、日本人たるもの風呂のクオリティだけは妥協できない。
「ふむふむ……でしたら、あそこしかありませんね」
ゴルスはポンと膝を叩き、自信満々に一枚の羊皮紙を取り出した。
「街を見渡せる高台に、皆様のお望みの条件を全て満たした『貴族用別荘』の空き物件がありますぜ。少し前に持ち主が王都へ移り住みましてね。すぐにでも内見に行けますが、いかがです?」
「うん、頼むよ」
『ピカリも! ピカリも新しいおうちたのしみー!』
ゴルスの案内で向かったのは、アルクスの北側にある小高い丘の上だった。
そこには、白い漆喰の壁と赤いレンガの屋根が美しい、立派な2階建ての屋敷が建っていた。
「うわぁ……!」
立派な鉄格子の門をくぐると、手入れの行き届いた青々とした芝生の庭が広がっている。
「広い! これなら全力で剣を振っても、全く問題ありませんわ!」
ライザが早速、芝生の感触を確かめるように力強く踏みしめる。
「日当たりも最高ね! ここなら薬草もぐんぐん育ちそう!」
サリーは庭の隅にあるレンガ造りの花壇スペースを見て、嬉しそうに歓声を上げた。
続いて、ゴルスが重厚な玄関の鍵を開け、屋内へと案内する。
「お邪魔しまーす……」
「綺麗な吹き抜け~!」
玄関ホールは2階までの吹き抜けになっており、豪華な魔晶石のシャンデリアが輝いている。
1階には広々としたリビングと、大人数で食事ができるダイニング。
「ここがキッチンです。火力の調整ができる最新式の魔導コンロ付きで、調理スペースもこの通り広大ですよ」
「おおっ……! これなら本格的な料理が作り放題だ!」
僕はキッチンを見て目を輝かせた。これなら『100均調理器具』が無双できる。
「お風呂も見てください。大理石造りの大きな浴槽で、魔道具のボタン一つで自動でお湯張りができる最新設備です」
「最高じゃないか……」
足をピンと伸ばしても余りある広さ。日本人の魂が歓喜の雄叫びを上げている。
2階には日当たりの良い4つの個室があり、それぞれの部屋の窓からアルクスの活気ある街並みが一望できた。
「どうです? 街を見下ろすこの絶景。夜景も星空も綺麗ですよ」
「文句なしだね」
僕は窓から吹き込む心地よい風を感じながら、深く頷いた。
これ以上の物件はないだろう。
「で、お値段は?」
ゴルスは指を2本立てた。
「立地、広さ、最新設備、全て込みの家具付きで……金貨200枚になります」
日本円にして約200万円(物価感の違いはあるにせよ、かなりの大金だ)。
庶民には絶対に手が出ない高嶺の花だが、今の僕には全く痛くも痒くもない金額だ。
「よし! 購入します!」
僕は即決した。
アイテムボックス代わりの魔法のポーチから、金貨がジャラジャラと詰まった革袋を取り出し、テーブルの上にドンと置く。
「ま、まいどありっ!! さすが英雄殿、支払いがスマートだ!」
ゴルスが満面の笑みで金貨を受け取る。
「これで、今日からここが僕たちの家だ!」
「やったー! 私の部屋、どっちにしよっかなー!」
「私は、明日から早速庭の手入れを始めないと!」
『ピカリは一番高いところー! シャンデリアの上にするー!』
はしゃぎ回る仲間たちを見ながら、僕はリビングのソファに深く腰を下ろし、深い感慨に浸った。
訳も分からず異世界に放り出され、ゴブリンに怯え、命がけで戦って……ついに手に入れた、僕たちの安息の場所。
この「英雄の家」から、また新しい、そして最高にハッピーな生活が始まるのだ。




