EP 10
お汁粉の奇跡と、戦場でのヒラメキ
『グォォォォォォォォッ!!!』
逆鱗に剣を突き立てられたエンシェント・ドラゴンは、激痛と屈辱に狂ったように咆哮を上げ、巨大な翼で周囲の空気をかき回していた。
突風が竜巻へと変わり、ドラゴンの巨体の周囲には、目に見えるほど高密度な「風の防壁」が形成されていく。
「ライザには、もう指一本触れさせないわ!」
負傷して動けないライザを庇うように前に出たのは、サリーだった。
彼女は杖を両手で強く握りしめ、次々と攻撃魔法の詠唱を紡ぐ。
「炎よ、かの者を焼き尽くせ! 『フレイム・ランス』! 氷よ、貫け! 『アイス・バレット』!!」
高熱の炎の槍と、鋭い氷の礫が連続で放たれる。
だが、その全てがドラゴンに届く前に、分厚い「風の防壁」に触れてあっさりと霧散させられてしまった。
「嘘……私の全力の魔法が、弾かれるなんて……!」
「くそっ、なんてデタラメな防御力なんだ!」
僕も通常の鉄の矢を何度か放ってみたが、やはり風圧に煽られて全て明後日の方向へと飛んでいってしまう。近づくことも、遠距離からダメージを与えることもできない。
「まだまだぁっ! もう一発……!」
サリーは諦めず、さらに強力な魔法を構築しようと杖を掲げた。
だが、その瞬間。
「あ、ぁ……っ」
ガクンッ、とサリーの膝が折れ、彼女はその場にへたり込んでしまった。杖が手からこぼれ落ち、カラカラと岩肌を転がる。
「サリー!?」
「ごめんなさい、太郎さん……。もう、魔力が、空っぽ……」
サリーは肩で激しく息をし、顔面を蒼白にしてうわ言のように呟いた。
連戦に次ぐ連戦、そして高位魔法の連続詠唱。彼女のスタミナと魔力は、とうに限界を迎えていたのだ。
この世界において、魔法を行使するには極度の集中力と、莫大なカロリー(糖分)を消費する。今のサリーは、完全にガス欠状態だった。
万事休す。
防壁を破る手段はなく、前衛は倒れ、魔法使いは魔力切れ。
ドラゴンの冷酷な瞳が、無力な僕たち三人を明確な「餌」として見下ろしていた。
(どうする!? このままじゃ全滅だ……何か、何か無いか!?)
焦燥で頭が真っ白になりそうな中、僕は「カロリー不足」という事実に着目した。
高価な魔力回復薬なんて持っていない。でも、脳に直接働きかける、もっと手っ取り早くて効率的なエネルギー源があるじゃないか。
「サリー! これを飲んで! 疲れた時の糖分補給だ!」
僕は空中のウィンドウを叩き、『食品・飲料』カテゴリからある物を取り出した。
プシュッ、と小気味よい音を立ててプルタブを開け、サリーの口元へと運ぶ。
「おしるこ……? でも、温かくない……冷たいわ」
「『冷やしお汁粉』さ! 夏場でもガツンと糖分補給するには、これが一番なんだ!」
100円ショップの飲料コーナーで売られている、赤い小さな缶。
サリーは言われるがままに、その冷たい缶の中身を一気に飲み干した。
ドロリとした小豆の強烈な甘さと、冷たくて心地よい液体が乾いた喉を通り抜け、空っぽの胃袋に染み渡っていく。
缶コーヒー並みにブドウ糖がたっぷり詰まった極甘の液体が、極限まで疲労したサリーの脳にダイレクトに直撃した。
「んんっ……!!」
サリーの肩がビクッと震えた。
「あ、甘くて美味しい! 頭のモヤモヤが一瞬で晴れて、シャキッとするわ!」
霞んでいたサリーの瞳に、強烈な光が戻る。ガス欠だった体に極上のハイオク燃料が注ぎ込まれたように、彼女の全身から枯渇していたはずの魔力が奔流となって溢れ出し始めた。
「すごい……魔力がドンドン湧いてくるわ! これならいける!」
サリーが立ち上がり、再び杖を力強く握りしめた。
「よし! サリー、あのドラゴンの首元を見てくれ!」
僕は、ドラゴンの逆鱗に深々と突き刺さったままになっている『ライザの長剣』を指差した。
「あの剣に、サリーの持てる最強の『雷魔法』をぶち当てるんだ! あの剣を避雷針代わりにして、ドラゴンの体内を直接、雷で丸焼きにしてやる!」
「……! そうか、外側の鱗が硬くても、刺さった金属を通して中からなら!」
ライザが命懸けで作ってくれた、たった一つの勝機。
サリーも意図を理解し、杖にバチバチと青白い雷の魔力を収束させ始めた。
だが、ドラゴンの周囲に吹き荒れる竜巻を見たサリーが、悔しそうに顔を歪めた。
「駄目よ、太郎さん! 私の魔法じゃ、あそこまで届かない!」
「えっ!?」
「雷魔法のエネルギーは軽いの! あの『風の防壁』が邪魔で、魔法の軌道が逸らされて、剣に当たる前に散らされちゃうわ!」
確かに、さっきの炎や氷の魔法も全て風で弾かれていた。雷のような実体のないエネルギーなら、なおさら強風の影響を受けやすい。
「そ、そんな……せっかくの弱点が……」
絶望が再び僕の首を絞め上げる。
魔法の軌道が、風で逸らされる。風に煽られて、届かない。
(……待てよ?)
僕の脳裏に、一本の強烈な電流が走った。
(魔法が空気中を飛ぶから、風に煽られるんだ。だったら……風の影響を一切受けない『物理的な道』を作って、雷を強制的に誘導してやればいいじゃないか!)
電気を通しやすく、風で吹き飛ばされず、剣まで一直線に繋がる「道」。
「ある……! 100円ショップになら、それを作れるアイテムがあるぞ!」
僕は狂ったように空中のウィンドウを操作し、『DIY・工具・園芸』のカテゴリを開いた。
絶望のどん底で見つけた、戦場でのヒラメキ。
現代の安価な日用品が、伝説の古竜の理を破壊する準備が整った。




