EP 4
村長の腰痛を救う「100均の湿布」
バンッ! と勢いよく扉が開いた。
「おーい、サリー! 昨日の夜拾った男は、目を覚ましたか!?」
部屋に入ってきたのは、まるで熊のような大男だった。
丸太のように太い腕、立派な顎髭、そして部屋の空気をビリビリと震わせる野太い声。いかにも歴戦の戦士、あるいは頼れるリーダーといった風貌だ。
「あ、お父さん! うん、太郎さん、さっき目が覚めたの!」
「お父さん……?」
太郎は目を丸くした。可愛いサリーの父親が、こんなドワーフか鬼のような巨漢だとは。
「うむ! 俺はこのポポロ村の村長を務めている、サンガだ。お前さんが、娘が拾ってきたという……」
サンガの鋭い眼光が太郎を射抜く。
しかし、太郎のひ弱そうな体つきと、敵意のない顔を見ると、警戒を解いたように鼻を鳴らした。
「……ふむ、悪人ではなさそうだが、ひょろひょろの優男だな。服も妙ちきりんだ」
「は、初めまして。佐藤太郎と言います。昨夜は助けていただき、本当にありがとうございました」
太郎がベッドから降りて深く頭を下げると、サンガは豪快に笑った。
「ガハハハ! 困ってる奴を助けるのは当然だ! 気にするな! だが、年頃の娘の部屋に若い男がいつまでも居るのは感心せん……」
サンガが腕組みをして説教を始めようとした、その瞬間だった。
「……と、思、う……ッ!? 痛! イタタタタタッ!!」
突如、サンガの巨体がビクンと跳ねた。
彼は顔をしかめ、巨大な両手で自分の腰をガッチリと押さえ込み、そのまま「あだだだだ……」と呻きながら床に四つん這いになってしまった。
「お、お父さん!? また腰の持病!?」
サリーが慌てて駆け寄り、サンガの腰に手をかざす。
「癒やしの光よ! 『ヒール』!」
淡い緑色の光がサンガの腰を包むが、彼の苦悶の表情は一向に晴れない。
「す、すまんサリー。魔法は効かん……。最近、村の柵の修理で重い丸太を担ぎすぎた。筋が悲鳴を上げとるんじゃ……あいたたた……」
「どうしてヒールが効かないの?」
太郎が不思議そうに尋ねると、サリーは涙目で首を横に振った。
「回復魔法は、切り傷や骨折みたいな『外傷(細胞の破壊)』を治すのには凄く効くんです。でも、お父さんのは疲労からくる『筋肉の炎症』とか『慢性的なコリ』だから、魔法じゃ治せないんですよぉ……」
(なるほど。細胞を修復する魔法は、疲労物質の除去や筋肉痛の鎮痛には効果が薄いのか)
魔法の意外な弱点を知った太郎だが、ここで閃いた。
筋肉の炎症。慢性の腰痛。
それならば、現代日本の「アレ」が効くはずだ。
「サンガさん、少しだけそのままじっとしていてください! 僕のスキルで治せるかもしれません!」
太郎は空中のウィンドウを呼び出した。
『衛生・救急用品』カテゴリをスワイプする。
【 冷感・鎮痛消炎湿布(メントール配合・10枚入り):100P 】
[購入しますか? YES]
[消費:100P / 残り:400P]
光の粒子と共に、太郎の手に四角いパッケージが現れた。
袋を破ると、強烈なハッカ(メントール)の香りが部屋中に広がる。
「な、なんだこのツンとくる匂いは!?」
「薬草の匂い……?」
驚く二人をよそに、太郎は湿布の透明なフィルムをペリッと剥がした。
「サンガさん、服の上からじゃ効かないので、腰の服をまくりますね。ちょっと冷たいですよ」
太郎は四つん這いになっているサンガの背中に回り、露出した分厚い腰の筋肉に、白い湿布をピタァッ! と貼り付けた。
さらに念を入れて、その横にもう一枚貼る。
「むおっ!? な、なんだこれは!? 肌に……氷でも張り付いたような……!?」
サンガがビクッとするが、数秒後。
彼の表情から苦痛が消え、代わりに驚愕が見る見るうちに広がっていった。
「おお……? おおおおっ!? なんじゃこの、冷たくて、ジーンと痺れるような感覚は!?」
冷感成分のメントールと、痛みを和らげる消炎鎮痛剤が、サンガの凝り固まった腰の筋肉に猛烈な勢いで浸透していく。異世界の住人であるサンガの身体は、現代の化学薬品に耐性がないため、その効果は劇的だった。
「痛みが……引いていく! 魔法でも治らんかった重い石みたいな痛みが、スーッと溶けていくぞ!!」
サンガはゆっくりと立ち上がった。
先ほどまで腰を曲げていたのが嘘のように、背筋をピンと伸ばしている。
「こ、これは凄い……! まるで氷の精霊が、直接腰を揉みほぐしてくれているようだ! 太郎、お前さんがさっき貼った『白い布』は、一体何なんだ!?」
「これは『湿布』っていう、僕の故郷の道具です。薬の成分が染み込んでいて、筋肉の炎症を抑えてくれるんです。……効いたみたいで良かったです」
太郎がホッと息をつくと、サンガは振り返り、太郎の両肩をガシィッ! と掴んだ。
「効くなんてもんじゃない! まるで新しい腰に取り替えたみたいに軽いぞ! 太郎! お前さん、凄い魔法の道具を持ってるじゃないか!」
「お父さん、よかったね!」
サリーも嬉しそうに飛び跳ねている。
「ガハハハハ! いやぁ、命の恩人というほど大層なもんじゃないが、腰の痛みが消えるのは最高だ! 太郎、お前さえ良ければ、この村に好きなだけ居ていいぞ! うちの空き部屋を使え!」
サンガは機嫌を良くして、太郎の背中をバンバンと力強く叩いた。
「へっ? あ、ありがとうございます……!」
(よかった……これで当面の寝床と食事は確保できたぞ)
たった100円の湿布が、異世界の村長の長年の苦しみを救い、強力な後ろ盾を得る結果となった。
太郎の「100円ショップ」スキルは、戦闘能力こそ皆無かもしれないが、使い方次第で人々の生活を劇的に変える可能性を秘めている。
太郎は、背中を叩かれてむせながらも、異世界での生活に確かな手応えを感じ始めていた。




