EP 8
真の元凶、ドラゴンの影
ソウルワイバーンを討ち取り、アルクスに平和を取り戻した僕たち「チーム・タロウ」は、名実ともに街の英雄として称えられるようになった。
大通りを歩けば「よっ! 英雄!」「カレーの兄ちゃん!」と声がかかり、食堂に入れば山盛りのサービスが運ばれてくる。
だが、そんな穏やかで誇らしい日々は、長くは続かなかった。
数日後。
冒険者ギルドの2階、ギルドマスターの執務室には、一階の喧騒が嘘のような重苦しい空気が漂っていた。
「……実はな。あのワイバーンの群れがアルクスに押し寄せてきたのは、単なる気まぐれや繁殖期のせいではない」
ヴォルフは腕を組み、かつてないほど深刻な面持ちで語り出した。
「奴らの住処は、ここから西にある険しい山脈だ。そこを追われたのだよ」
「追われた? あのワイバーンの大群をですか?」
僕は思わず聞き返した。
あんな空を黒く染めるほどのバケモノの群れを追い払う存在など、想像もつかない。
「そうだ。奴らの巣に……『古竜』が居座ったからな」
「ド、ドラゴン……!?」
僕とサリー、ライザの三人は、同時に息を呑んだ。
ドラゴン。ファンタジー世界の頂点に君臨する、最強の怪物。
ワイバーンがただの「飛竜」だとすれば、エンシェント・ドラゴンは文字通り別格の存在だ。知能、魔力、肉体の強靭さ、その全てにおいて生物の枠を遥かに超越しているという。
「強大なドラゴンが西の山脈を新たな住処とし、追い出されたワイバーンたちがパニックになって、この街の方角へ逃げてきた……それが、今回のスタンピードの『本当の理由』だ」
ヴォルフはデスクの上の地図――アルクスの西に広がる山脈を、太い指でトンと叩いた。
「放っておけば、ドラゴンはそこを拠点にして、餌を求めて活動範囲を広げていくだろう。いずれはこのアルクスも縄張りに入り、街は文字通り『灰』にされる」
「そ、そんな……」
サリーが顔面を蒼白にして口元を覆った。
「本来なら、デルン王都に急使を送り、正規軍と王宮魔導師団の総動員を要請する案件だ。だが、今の王国に即応できる戦力はない。大規模な討伐軍の編成には、どう急いでも数ヶ月はかかる。……その間に、この街は終わる」
ヴォルフは隻眼を細め、僕たちを真っ直ぐに見つめた。
「ギルドで討伐隊を編成したい所だが……他の冒険者達では、ドラゴン退治なんて到底無理だ。ただ餌をやりに行くようなものだからな。そこで……」
「私たちに、ドラゴン討伐に行けと?」
ライザが静かに、しかし覚悟を決めたような力強い声でヴォルフの言葉を引き継いだ。
「そうだ。Sランク魔獣グリフィンと、ソウルワイバーンを葬ったお前たち『チーム・タロウ』以外に、この絶望的な依頼を任せられる者はいない」
「…………」
執務室に、胃が痛くなるような重い沈黙が流れた。
相手は伝説上の怪物だ。いくらA級冒険者になったとはいえ、失敗すれば確実に死ぬ。いや、成功したとしても五体満足で帰れる保証などどこにもない。
「どうしますか? 太郎さん」
サリーが不安げに僕の顔を覗き込む。
『タロウ……?』
ピカリも心配そうに僕の肩に擦り寄ってきた。
僕は膝の上で、ギュッと拳を握りしめた。
震えている。当然だ。怖い。今すぐ「無理です」と断って、安全な王都あたりまで逃げ出したい。
だが、ここで僕が逃げたらどうなる?
あの美味しいカレーやすき焼きを食べて、満面の笑顔を見せてくれた冒険者たちが、食堂のおばちゃんが、街の子供たちが、全てドラゴンの炎で焼かれてしまうのだ。
「……正直言って、滅茶苦茶怖いです。足がガクガク震えるくらいに」
僕は、素直な自分の心情を吐露した。
そして、ゆっくりと顔を上げ、ニッと口角を上げた。
「けど……僕達が倒さないと、『もっと怖いこと』が起きるから」
僕はチラリと、隣で不安そうにしているサリーと、凛と前を向くライザ、そして窓の外に見える平和なアルクスの街並みを見た。
「もし僕がここで逃げ出して、街のみんなが傷ついたり、君たちが悲しむ顔を見ることになったら……僕にとって、そっちの方がドラゴンよりよっぽど怖いよ」
守りたい日常ができた。
失いたくない大切な人たちがいる。
彼らを失う恐怖に比べれば、伝説の怪物への恐怖なんて、いくらでも乗り越えられる気がした。
「フフっ……」
ライザが嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。
「成長しましたね、太郎さん。貴方はもう、ただの冒険者ではありません。立派なリーダーであり、この街の英雄です」
「私たちも、どこまでも付いていくわ! 太郎さん!」
サリーも杖を強く握り直して頷いた。
「……へへっ。それに、僕には世界最強の仲間がいるしね」
僕は立ち上がり、ヴォルフに向き直って力強く宣言した。
「ヴォルフさん。エンシェント・ドラゴン討伐、僕たちが引き受けます!」
「うむ! よく言った!!」
ヴォルフは満足げに深く頷き、椅子から勢いよく立ち上がった。
「頼んだぞ、A級冒険者佐藤太郎! 必ず生きて、吉報を持ち帰ってこい!」
賽は投げられた。
現代の100円ショップの知識を武器にする異色の冒険者は、ついにこのファンタジー世界における最強の種族へと挑む。
それは、佐藤太郎という青年が、真の「伝説」となるための最後の戦いの始まりだった。




