EP 6
集え絆の光! 科学と魔法の必殺・破邪の一矢
漆黒の闇を纏い、アルクスの街を見下ろす巨大なソウルワイバーン。
その放つプレッシャーと絶望感は、先程までのワイバーンの群れとは全く比較にならなかった。
だが、僕は怯まなかった。
敵が変貌を遂げた直後、まだ動きが鈍い今こそが最大の隙だ。
「先手必勝だ!」
僕は背中の矢筒から、4本目の『必殺の矢』を引き抜いた。
瞬時に安全ピンを弾き飛ばし、弓につがえる。狙いは巨大な胴体の中心、そこにあるはずの魔石だ。
シュッ!!
放たれた漆黒の矢が、一直線に空気を裂いてソウルワイバーンへと迫る。
Sランクの空の王者、グリフィンをも一撃で葬った最強の兵器。これで終わるはずだ。
だが。
『…………』
ソウルワイバーンは回避しようともせず、全身からドス黒い「暗黒の霧」をブワッと噴出させた。
必殺の矢が、その霧の壁に触れた瞬間。
ジュッ……。
爆発音はしなかった。
信じられないことに、現代の爆薬と精霊石を搭載した頑丈な金属の矢は、霧に飲み込まれた瞬間に凄まじい勢いで腐食し、ボロボロの塵となって空中で消滅してしまったのだ。
「なっ……!?」
「そんな!? 必殺の矢が……通用しない!?」
サリーが悲鳴を上げ、ライザも目を見開いた。
物理的な破壊力を、「死と腐敗」の概念そのものである暗黒の霧が無力化してしまったのだ。現代科学の結晶が、異世界のオカルトの前に敗れ去った瞬間だった。
その隙に、ソウルワイバーンが動き出す。
『グォォォォォォン!!』
巨大な尻尾が一閃され、城壁の一部が飴細工のようにあっさりと崩れ落ちた。
さらに、大きく開かれた口からドス黒いブレスが吐き出され、市街地を舐める。ブレスに触れた石畳が腐り、レンガの建物が泥のようにドロドロと溶けていく。
「くっ、どうすれば……!」
僕は空になった手を握りしめ、愕然とした。
現代兵器である火薬が通じない。魔法も、剣も、あの霧に触れれば全て溶かされてしまう。アルクスの街が蹂躙されていくのを、ただ見ていることしかできないのか。
(残る矢は、あと1本しかないのに……!)
絶望が僕の心を黒く塗りつぶそうとした、その時。
目の前で、小さな光が力強く輝いた。
『タロウ、諦めちゃダメ!!』
ピカリだ。妖精のピカリが、僕の鼻先で必死に羽ばたき、その小さな体を眩いほどに発光させていた。
『あの黒いモヤモヤは、物理的なモノを溶かすけど、「強い光」には勝てないの! 光は溶かせないから!』
「でも、さっきのフラッシュじゃダメージは与えられない! 矢の爆発を内部にぶち込まないと倒せないんだ!」
『だから、私が守るの!』
ピカリは僕の矢筒を指差した。
『私が「光の盾」になって、矢を中まで届ける! あの黒い霧を弾き飛ばして、タロウの武器をバケモノのお腹の中まで運ぶよ! サリーとライザも力を貸して!』
「……! そうか、外側を光で守って、内側から爆破する気か!」
それは、理論を超えた無茶苦茶な賭けだった。だが、もうこれしか方法はない。
僕は矢筒から、最後の一本――5本目の『必殺の矢』を引き抜いた。
安全ピンを抜き、弓につがえる。
「やりましょう! 私の全魔力を!」
サリーが僕の左肩に手を置き、杖から溢れるほどの魔力を注ぎ込む。
「ええ! 私の闘気も全て!」
ライザが僕の右肩に手を置き、限界まで練り上げた闘気を送り込む。
二人の力が僕の体を駆け巡り、弓へと伝わっていく。ただの木の弓が、エネルギーの奔流に耐えきれずミシミシと悲鳴を上げた。
そして、ピカリが漆黒の『必殺の矢』にギュッと抱きついた。
『いくよー! エイッ!!』
ピカリの全身から放たれた極光が、必殺の矢全体を分厚くコーティングする。
科学とドワーフの技術が詰まった金属の矢に、サリーの膨大な魔法、ライザの闘気、そして妖精の光の盾が融合していく。それはもはや、神が鍛え上げた神器のような神々しい輝きを放っていた。
ソウルワイバーンがこの異常な高エネルギー反応に気づき、慌てて暗黒のブレスを吐き出そうと巨大な口を開けた。
だが、遅い。
「これが……僕たちの、全部乗せだァァァッ!!」
僕は渾身の力で、ミシミシと軋む弦から指を離した。
「いっけぇぇぇぇ!! 必殺! 『破邪の一矢』!!」
ズドォォォォォォォンッ!!
放たれたのは、もはや矢ではなかった。極太の光の奔流だ。
光の結界に完全に守護された『必殺の矢』は、迫りくる暗黒のブレスを真っ向から蒸発させ、分厚い暗黒の霧の壁を完全に弾き飛ばした。
腐食の霧は、光の盾を抜くことができない。
中の金属も、爆薬も、無傷のまま。
光の矢は、大きく開かれたソウルワイバーンの口内へと飛び込み――そのまま巨大な胴体の中心、コアのど真ん中へと深く突き刺さった。
その直後。
超光熱と衝撃のルツボと化した敵の体内で、100均の化学知識から生まれた爆薬と精霊石の起爆装置が、完璧な連鎖爆発を起こした。
カッ!!!
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!
『ギョォォォォォォォォォォォッ!!?』
断末魔の絶叫。
内側から完全に爆破されたソウルワイバーンの巨体から、無数の亀裂が走り、そこから強烈な光が溢れ出す。
暗黒の鱗が吹き飛び、腐敗の肉が消滅し、漆黒の巨体は内側からの圧倒的な大爆発によって、文字通り塵一つ残さず粉砕された。
無数の光の粒子が、アルクスの空へと霧散していく。
闇が晴れ、浄化され、後には雲一つない美しい青空だけが残された。
「…………」
静寂の後。城壁の上で、僕は弓を取り落とし、膝から崩れ落ちた。
「やった……」
「ええ、やりましたね……!」
「勝ったぁぁぁ!!」
サリーとライザが僕に飛びついてきて、三人で揉みくちゃになりながら抱き合った。
『えへへー! 大成功ー!』
ピカリも僕の頭の上に着地して、ピョンピョンと跳ね回っている。
「ありがとう、みんな。本当に……ありがとう」
僕は仲間たちと喜び合いながら、高く晴れ渡った青空を見上げた。
100円ショップのスキル(現代知識)だけでは、あの死の霧に勝てなかった。
サリーの魔法、ライザの闘気、ピカリの光。この異世界の仲間たちの力が合わさって、初めて科学の刃が敵の心臓に届いたのだ。
ただのフリーターだった僕が、この残酷で美しい世界に真の意味で受け入れられ、名実ともにアルクスを救った「英雄」となった瞬間だった。




