EP 5
閃光の妖精と、暗黒の融合体
アルクスの西を囲む、堅牢な城壁の上。
空を黒く埋め尽くすワイバーンの群れは、まるで意思を持った巨大な暗雲のように、うねりを上げながら街へと押し寄せてきていた。
「放てェェェッ!!」
指揮官の号令と共に、城壁に配備された無数の弓兵から矢の雨が放たれ、魔法使い達の火球が宙を舞う。
しかし、圧倒的な数を前には完全に焼け石に水だった。数匹が撃ち落とされても、その後ろから十倍の数の飛竜が湧いてくる。
「数が多すぎます! このままでは壁を突破されます!」
ライザが悲痛な声を上げた。
ワイバーンの先頭集団が、城壁の防衛線を越えて市街地上空へ侵入しようとしていた。ここを抜かれれば、避難の遅れた市民たちが一方的に虐殺され、街は火の海になる。
「太郎さん! やるしかありません!」
「あぁ、分かってる!」
僕は背中の矢筒から、切り札である漆黒の兵器――3本目の『必殺の矢』を取り出した。
ヴォルフとの約束。『どうしてもと言う時』は、まさに今だ。
安全ピンを弾き飛ばし、僕は弓を構えた。震える指で弦を引き絞り、狙いを定める。
標的は、群れが最も密集している中心部。
(お願いだ……届いてくれ!)
シュッ!!
放たれた漆黒の矢は、空気を切り裂き、黒い雲のようなワイバーンの群れのど真ん中へと正確に吸い込まれていった。
直後。
カッ!!
――ドゴォォォォォォォォォォンッッ!!!
空中に「第二の太陽」が出現したかのような、目が眩むほどの純白の閃光。
続いて、鼓膜を破壊せんばかりの圧倒的な轟音と衝撃波が上空で炸裂した。
爆風と紅蓮の炎が巨大な渦を巻き、密集していた数十体のワイバーンを一瞬にして飲み込んだ。
「ギャァァァッ!?」
「キシャァァァ……!」
爆発の直撃を受けたワイバーンたちは、悲鳴を上げる間もなく炭化し、バラバラと黒い灰や肉片となって地上へ落下していく。空を覆っていた黒い雲に、巨大な風穴が開いたようだった。
「す、すげぇ……」
「一撃で群れを半分以上吹き飛ばしやがった……!」
城壁の冒険者たちから、地鳴りのような歓声が上がる。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「あっ! 危ない!」
サリーが叫んだ。
爆発の範囲からギリギリで逃れた数体のワイバーンが、パニック状態で散開し、無防備な市街地へと急降下を始めたのだ。
そのうちの一匹が、逃げ遅れて路上で泣き叫んでいる子供を見つけ、鋭い爪を立てて襲いかかろうとしている。
距離がありすぎる。僕が次の矢をつがえる暇もないし、ライザの剣も届かない。
「ピカリ、行って!!」
『まかせてー!』
僕の肩から、光の妖精ピカリが弾丸のような速度で飛び出した。
彼女は文字通り「光の速さ」で急降下するワイバーンの目の前に割り込むと、その小さな体を極限まで発光させた。
『ピカリ・フラーッシュ!!』
ピカッッ!!!
目を開けていられないほどの強烈な閃光が、至近距離からワイバーンの網膜を直接焼いた。
「ギャッ!?」
完全に視界を奪われたワイバーンは空中でバランスを崩し、その動きがピタリと止まった。
「ピカリちゃん、ナイス! 今よ!」
その千載一遇の隙を、サリーは見逃さなかった。
彼女は杖を天に高く掲げ、自分の中にある最大魔力を一気に練り上げる。
「火の神よ! かの者を焼き尽くせ! 『フレイム・バード』!!」
杖の先端から凄まじい勢いで噴出した炎が、巨大な鳥の形を成した。
炎の鳥は大きく翼を広げ、金切り声を上げながら、空中で停止したワイバーンへと特攻する。
ドォォォン!!
炎の鳥に全身を貫かれたワイバーンは、断末魔を上げる暇もなく空中で激しく燃え上がり、黒い灰となって霧散した。
子供も無事に自警団に保護され、空の脅威もあらかた片付いたように見えた。
「ふぅ……。サリー、お見事です。あの一瞬で上位魔法を構築するとは」
「えへへ、ピカリちゃんが動きを止めてくれたおかげよ!」
『やったー! 悪いトカゲ、やっつけたー!』
僕は弓を下ろし、安堵の深い息を吐いた。
「終わったな……」
爆発跡から黒い煙が上がり、冒険者たちが勝利を確信して武器を下ろし始めた、まさにその時だった。
ズズズ……。
城壁の外側、地面に山のように降り注いだ無数のワイバーンの死骸から、突如として「赤黒い霧」のようなものが立ち上り始めた。
「……何!?」
僕は目を見開いた。
その霧は、まるで意思を持っているかのように一点に集まり、一つの巨大な影を形成していく。
死んだはずのワイバーンたちの肉塊が、骨が、血が、互いにドロドロと融合し、再び立ち上がり始めたのだ。
「嘘だろ……?」
それは、ルルカ村の森で戦った「紅蓮の魔狼」と同じ現象。いや、規模が違う。圧倒的に禍々しい。
100体近い飛竜の死骸と怨念を極限まで凝縮して生まれたその姿は、光を吸い込むような漆黒の鱗に覆われ、巨大な双眸には地獄から這い出たような「青い炎」が宿っていた。
『――グォォォォォォォォォォン……!!』
咆哮だけで、空気がビリビリと震え、城壁にヒビが入る。
それはもはや、生物という枠組みを超越していた。死霊と怨念の集合体。
【 暗黒のソウルワイバーン 】
「そ、そんな!? まさか、死体が合体するなんて!」
サリーが絶望に顔を歪め、悲鳴のような声を上げた。
「来るぞ! 全員、武器を構えろッ!!」
僕の叫び声と同時に、ソウルワイバーンが空を覆い隠すほどの巨大な漆黒の翼を広げた。
アルクスの街を、真の「闇」が覆い尽くそうとしていた。




