EP 23
深夜の「100均本棚」への招待状
『銀の月亭』の一室。
深夜、小窓から差し込む青白い月明かりだけが、薄暗い部屋を照らしていた。
隣のベッドからは、サリーとライザの安らかな寝息が聞こえてくる。昼間の祝勝会で少しワインを飲みすぎたのか、死線を越えた反動か、二人は泥のように深く眠っていた。
けれど、太郎は一人、暗闇の中で天井を見つめていた。
(……100円ショップって、何なんだ?)
昼間の光景がフラッシュバックする。
ライザが流した血。サリーの必死の形相。そして、100円の玩具を握りしめることしかできず、震えていた自分。
(画鋲で足止めしたり、光で目眩ましをしたり……相手の習性を突くような、そんな小手先の技しか出来ないのか? そんなんじゃ、次は絶対に守れない)
悔しさが胃の奥から込み上げ、太郎はベッドから音を立てずに起き上がった。
部屋の隅に立て掛けてある自分の武器――「短弓」を手に取る。
(弓……僕がこの世界で唯一、まともに遠距離から扱える武器)
弦を指で弾く。ベン、と小さな音がした。
威力不足だ。ゴブリンの皮膚なら貫けても、魔狼のような強靭な筋肉と骨格を持つ相手には、急所に当たらなければ致命傷にならない。
(もっと……何かこう、規格外のダメージを出せれば……)
太郎は弓を握りしめ、思考の海に深く潜る。
単純な腕力ではない。魔法も使えない。現代人の僕ができる、破壊的な一撃。
(デカいダメージ……火力……そう、火薬だ)
もしも爆発的な威力があれば、矢が深く刺さらなくても、着弾の衝撃だけで敵の肉体を内部から破壊できる。
だが、火薬なんてどうやって作る? 硫黄? 木炭? 硝石? 配合比率は?
(……分からない。僕は経済学部の学生だ。化学の授業なんて高校以来まともに受けてないぞ)
諦めかけたその時、太郎は無意識のうちに空中にスキルウィンドウを開いていた。
ぼんやりと光るパネルに並ぶ、見慣れた『食品』や『文具』『日用品』のカテゴリ。
指をスライドさせていくと、今まで全く気に留めていなかった一つのカテゴリが目に止まった。
【 書籍・雑誌・コミック 】
(……書籍? 100円ショップに本なんてあったか? クロスワードパズルとか、簡単な実用書、子供向けの塗り絵くらいじゃ……)
火薬の専門書や化学の専門書なんてあるわけがない。そう思ってウィンドウを閉じようとした時、ある記憶が太郎の脳裏に閃いた。
地元の大型100円ショップには、併設された「古本コーナー」や、ワゴンセールの「中古本100円均一」があったことを。
(……いや!? 待てよ)
あのジャージ女神、ルチアナは言った。
『これは勇者や英雄になれる可能性を秘めてるんですよ? 使い方次第ですが』
(もしかして……!)
太郎の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。早鐘を打ち始める。
『100円ショップ』というスキル名は、単に「100円ショップのオリジナル商品」だけを指すんじゃない。「100円(100ポイント)で購入可能なあらゆる物品」という概念が含まれているとしたら?
太郎は震える指で検索窓をタップし、祈るように文字を打ち込んだ。
『科学』『実験』『化学』『サバイバル』。
検索結果がロードされ……ずらりとリストが表示された。
【 (中古)図解でわかる!身近な科学実験:100P 】
【 (中古)高校化学の基礎が3時間でわかる本:100P 】
【 (中古)花火の仕組みと作り方(趣味の雑学シリーズ):100P 】
(あった……!!)
太郎は息を呑み、思わずガッツポーズをしそうになるのを必死で堪えた。
中古本なら、100円で売っている。つまり、このスキルで現代の書籍を呼び出せるのだ。
ここには、この異世界のアナステシアには存在しない「現代の科学技術の基礎知識」が詰まっている。火薬の配合比率も、燃焼のメカニズムも、危険物の扱い方も!
(知識だけじゃない。材料はどうする?)
火薬そのものは売っていなくても、その原料となるものはどうだ?
太郎は狂ったようにカテゴリを飛び回る。
園芸コーナーにある「窒素・リン酸・カリウム肥料」(硝酸カリウムの代用)。
BBQ・キャンプコーナーの「木炭」。
「マッチの頭薬」や「硫黄成分を含む入浴剤」。
さらに、太郎の思考は限界を超えて加速する。
(それだけじゃない! 100円ショップの商品を出せる……つまり、現代のダイソーやキャンドゥみたいな大型店に置かれている、『100円以上の高額商品』も出せるってことか!?)
最近の100円ショップは、100円均一ではない。
300円のモバイルバッテリー、500円のキャンプ用コンロ、1000円の高品質な工具や金属パイプ。それらも「100円ショップの品揃え」の一部だ。
太郎はウィンドウを操作し、『価格帯:100円のみ』のフィルタを解除した。
すると、今まで表示されていなかった上位アイテムが、宝の山のように現れた。
【 300円商品:アウトドア用・固形燃料(大容量) 】
【 500円商品:ステンレス製スキットル(水筒) 】
【 1000円商品:精密作業用ホビールーターセット 】
(これだ……!)
太郎は口元を両手で覆い、黒い笑みがこぼれるのを必死に抑え込んだ。
100円ショップの真実。
それは、安価な日用品や食料を買って女の子のご機嫌を取るだけの、ちっぽけな「雑貨屋スキル」などでは断じてなかった。
「現代の化学知識(本)」と「高度な加工品(高額商品)」、そして「化学素材」。これらを組み合わせればどうなる?
さらに、それをこの世界の「魔法」や「未知の鉱石」と融合させたら?
「俺は……雑貨屋じゃない」
太郎は月明かりの下、壁に立てかけた弓を見つめ直した。
ただの木の棒と弦が、全く別の凶器に見えてくる。
「俺は、現代の兵器をクラフトできる『兵器工廠』だ」
太郎は静かに、しかし決意に満ちた指使いでウィンドウを操作し始めた。
手始めに、『花火の仕組みと作り方』の古本と、『精密作業用ルーター』を購入する。
(見てろよ、ライザ、サリー。もう二度と、君たちに血は流させない。俺が二人を守る)
異世界の常識を根本から覆す、最凶の「爆弾魔」としての佐藤太郎が、薄暗い宿屋の片隅で、今まさに産声を上げた瞬間だった。




