EP 21
血の温かさと、無力な100円の玩具
紅蓮の魔狼が崩れ落ち、森に静寂が戻った。
だが、その静けさは勝利の安堵などではなく、ひたすらに重く、冷たい緊迫感に満ちていた。
「うぅ……」
ライザが苦悶の声を漏らし、太郎の腕の中でぐったりと力を失う。
肩から脇腹にかけて、頑丈なはずの革鎧が紙切れのように引き裂かれていた。そこから溢れ出す赤黒い血が、太郎の腕と服をみるみるうちに染めていく。
「ライザ! ライザ! お願い、目を開けて!」
サリーが悲鳴のような声を上げ、膝をついてライザの傷口に手をかざす。
「癒やしの光よ、深き傷を塞ぎたまえ! 『ハイ・ヒール』!!」
サリーの必死の詠唱と共に、緑色の光が傷口を包み込む。出血は止まったものの、ライザの顔色は紙のように白く、呼吸は浅い。
「ライザが……僕を庇ったせいで……」
太郎は血に濡れた自分の手と、もう片方の手に握られた小さなプラスチックの『レーザーポインター』を見つめた。
(僕は、何をやっていたんだ……)
100円ショップのスキル。これまでは便利で楽しい「チート」だと思っていた。だが、本物の死線を前にして、自分が差し出したのは「100円の玩具」に過ぎなかった。自分が囮などという甘い考えを持ったせいで、本物の強者であるライザに死ぬほどの重傷を負わせてしまった。
「……んっ」
その時、ライザが微かに眉を寄せ、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
「ライザ! 分かるか!? 僕だ、太郎だ!」
太郎が必死に呼びかけると、ライザは焦点の定まらない瞳で太郎を見つめ、力なく、しかし優しく微笑んだ。
「……すみません、、みっともない所をお見せ致しましたね、、太郎さんのせいでは有りませんよ」
「……っ!!」
太郎は絶句した。
謝らなければならないのは自分の方なのに。彼女は、血の海に沈みかけながらも、真っ先に自分の不甲斐なさを詫び、太郎の罪悪感を拭おうとしたのだ。
その優しさが、今の太郎にはどんな罵倒よりも鋭く胸に突き刺さった。
「何言ってるんだ……! ライザは僕を守ってくれたじゃないか! 僕が弱かったから……僕が、あんなおもちゃで勝てるなんて思っちゃったから……!」
「……いいえ。あの光がなければ、私は今頃焼かれていたでしょう。……貴方の機転に、救われました」
ライザは震える手で太郎の腕をそっと握り、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「……少し、休みますね。……勝てて、良かったです……」
再び意識を失うように目を閉じたライザ。
サリーは涙を拭いながら、必死に彼女の体温を保つための魔法をかけ続けている。
太郎は、掌の中にある冷たいプラスチックの感触を、これ以上ないほど忌々しく感じていた。
(雑貨屋の延長じゃない。便利グッズの寄せ集めじゃない……)
目の前で血を流す仲間。自分を許してくれる、誇り高き騎士。
彼女たちの隣に立つために。今度こそ本当の意味で彼女たちを守るために。
太郎の心の中に、今までとは全く違う「力」への渇望が、ドロドロとした黒い炎となって燃え上がり始めていた。
「……次は、絶対に、こんな思いはさせない」
佐藤太郎という「人間」が、異世界の残酷な理に、初めて魂を削られた瞬間だった。




