EP 20
光の撹乱、氷の足枷、そして決着
『グルルルル……!』
紅蓮の魔狼の喉の奥で、チロチロと赤い炎の魔力が膨れ上がっていく。
倒れ伏したライザへ、死の炎が放たれる寸前。
(動物は、素早く動く小さな獲物に過剰に反応する。そして、実体のない『光』にすら、本能的に飛びついてしまう……!)
「やめろォォォッ!!」
太郎は咆哮を上げながら飛び出し、空中のウィンドウから取り出した黒いスティック――『高輝度レーザーポインター(赤)』のスイッチを押し込んだ。
チカッ。
強烈な直進性を持つ赤い光の点が、魔狼の鼻先にクッキリと映し出される。太郎はその赤い点を、魔狼の顔から地面に向かって、素早く不規則に動かした。
『――グゥン!?』
魔狼の喉の奥で膨らみかけていた炎が消えた。圧倒的な殺意が、視界をチョロチョロと動く「赤い点」への狩猟本能に強制的に上書きされる。
『ガウッ! ギャウッ!!』
魔狼はブレスを忘れ、地面を這い回る赤いレーザーの点を前足で狂ったようにバシバシと叩き始めた。
「好機ッ!!」
その僅かな隙を見逃すライザではなかった。
彼女は痛みを堪えて跳ね起きると、魔狼の死角へと潜り込んだ。
「ハァッ!!」
ズドッ!!
闘気を乗せた渾身の突きが、魔狼の脇腹を深く貫いた。
『ギャアアアアアッ!!』
「やった! ダメージを負わせたわ!」
サリーが歓声を上げる。だが、手負いの獣ほど恐ろしいものはなかった。
激痛に狂った魔狼は、自分を傷つけたライザではなく、その隙を作った「鬱陶しい光の主」――太郎へと、爆発的な殺意の矛先を向けた。
血走った双眸が太郎を射抜く。
「ヒッ……!?」
太郎が息を呑んだ瞬間、魔狼は地面を蹴った。
その速度は、先ほどまでとは桁違いだった。怒りに任せた、死の特攻。
『ガァァァァァッ!!』
「しまっ――」
太郎は反応すらできない。巨大な顎と鋭い爪が、目の前に迫る。
死ぬ。そう悟って目を閉じた瞬間。
「太郎さんッ!!」
ドォォォォォン!!
鈍い衝撃音と共に、太郎の顔に生温かい液体が降り注いだ。視界が赤く染まる。
しかし、太郎に痛みはない。
恐る恐る目を開けた太郎の前に、背中から血を噴き出しているライザが立ちはだかっていた。
「ぐっ……ぁ、あぁ……!」
「ラ、ライザ……!?」
魔狼の突進を正面から庇って受け止め、その鋭い爪がライザの肩から脇腹にかけての革鎧を紙のように引き裂き、深く肉をえぐっていた。
鮮血が宙を舞い、ポタポタと地面を濡らす。
「下がり……なさい……! まだ、死んでは……!」
ライザは膝をつきそうになりながらも、決して太郎の前から退かず、震える両手で剣を構え続ける。魔狼は血の味を覚え、舌なめずりをしてトドメを刺そうと身を低くした。
「させないッ!! させないんだからぁぁッ!!」
悲鳴のような叫びと共に、サリーが前に飛び出した。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は杖を地面に思い切り突き刺す。
「大地よ、凍れ! 『アイス・フィールド』!!」
バキバキバキッ!!
サリーを中心に、極寒の冷気が地面を這った。魔狼の足元の土が一瞬にして、鏡のような分厚い氷の床へと変わる。
『グルッ!?』
飛びかかろうと力を込めた魔狼の後ろ足が、ツルリと滑った。
踏ん張りが全く効かず、体勢を大きく崩す。無防備な腹を晒して、スッテンコロリンと氷の上に転倒する魔狼。
「うおおおおオオオッ!!」
その千載一遇のチャンスに、血まみれのライザが吼えた。
残された全ての生命力と闘気を、剣の一点に集約させる。私を助けてくれた、彼を守るために。
「これで……終わりですッ!!」
ザンッッ!!!
銀閃が走る。
氷の上でもがき、防御姿勢をとれなかった魔狼の太い首が、ライザの最後の一振りによって完全に切断され、宙高く舞い上がった。
ドサッ……。
巨体が氷の上に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
静寂が戻った森の中。
ライザは剣を杖代わりにして、ゆっくりと太郎の方を振り返った。
「無事……ですか……太郎、殿……」
血まみれの顔でそう微笑んだ瞬間、彼女の緊張の糸が切れ、その身体がグラリと傾いた。
「ライザ!!」
太郎は駆け出し、崩れ落ちる彼女の身体を必死に抱きとめた。
手につく血の温かさと、強烈な鉄の匂いが、太郎に「自分の無力さ」という残酷な現実を突きつけていた。




